2「移動」

アパートを引き払い、会社には引っ越しと理由を伝え、荷物を車に積んで、実家に帰った。

実家に帰ると、母、彩実あやみがむかえてくれた。


「おかえりなさい。」

「ただいま。お世話になります。」

「そんな堅苦しくしなくていいわよ。親子だもの。また一緒にいられて嬉しいわ。」

「いいの?夫婦水入らずなのに。」

「いいわよ。それに、息子がいても、イチャイチャしますからね。」

「そうでしたね。」


父と母は、とても仲が良い。

何処に行くにしても一緒で、会話も甘く、喧嘩をしている所など見ていないのを、子供の時から見ている。


「クロも元気そうね。」

「にゃー。」


クロとは、話しをしていて、あやとの前では人間の言葉を話してもいいが、両親の前では猫らしく「にゃー」で過ごすとした。

言葉を話す猫なんて知られたら、この両親は内緒にしてくれるだろうけど、世間的に知られてしまったら実験材料されかねない。


「クロがいなくなって、あやともいなくなって、少し寂しかったのよ。」

「にゃー。」

「そう、クロもさみしかったよね?」

「にゃー。」


クロと二年ぶりに会って、母はクロを抱っこして撫ぜている。

すると、家の中から父、黒都くろとが出て来た。


「待っていたぞ。あやと。」

「父さん。」


父を上から下、下から上を見て、顔をじっくり見て、手を触り、胸に耳を当てながら抱き着いてみた。

急の行動で、父はおどろいていた。


「なんだ?あやと。」

「いや、別に。」


黒神が言っていたが、今は、大丈夫そうだ。


「ところで、父さん仕事は?」

「順調だぞ。でも、今度、重要な仕事につくから、少し忙しくなるかも。」

「その仕事、断れないの?」

「断れるが…どうして?」

「身体に無理がかかる仕事なら、断れって思ってな。」

「そうだな。少し無理をするかもしれない。上司と話しをしてみるよ。」


あやとは、ホッとした。


その日は、あやとが持ってきた引っ越しの荷物を家に入れる作業をしていた。

両親も手伝ってくれて、とても助かる。


あやとが使っていた部屋は、引っ越しする前の状態のままであり、時が止まっていた。

時を動かす為、いらない物は容赦なく捨てて、いる物だけの部屋にした。

ネット回線がつながるかのテストをして、大丈夫になり、その日に、仕事の上司に連絡をして、明日から、仕事復帰とした。


『お父さん、大丈夫だったか?』

「はい。でも、少しだけ、元気なかったかに見えました。」

『よく、見てやれ。仕事、きつければ、簡単なものにするから、相談してくれよ。』

「ありがとうございます。」


仕事場には、父が体調優れないから、実家で仕事をすると説明してあった。

上司は、そのあたり、話しが分かる人で、とても助かっている。

電話の通話を切断すると、クロが話しかけて来た。


「お父さんは、俺にとってもお父さんだから、俺も様子見るにゃ。」

「ありがとう、クロ。」


仕事が出来る部屋になると、母が来た。


「今日の夕ご飯、豪華にいきましょうか?」

「別にいいよ。簡単にレトルトでも……やっぱり、自炊をしないとな。母さん、手伝うよ。」

「別にいいのに。」

「ダメ。手伝わせて、一緒に作ろう。」


台所に、母と息子が並んで、料理をしている姿を父がクロを抱きながら見ている。

父は、微笑んでいた。


「クロ、あの二人、とても様になるな。一人暮らしの時も、自炊していたんだな。」

「にゃ……にゃー。」(そ……違うにゃ。)

「そうか、ちゃんとしていたか。良かった。」

「にゃ。にゃーにゃ。」(え?出来てなかったにゃ。)

「あんなに手際よくなって。」

「にゃーにゃにゃ。」(ぎこちないにゃ。)


言葉が通じないのが、つらいと思っていたクロだった。

そして、食事を二年ぶりに三人と一匹で食べる。


台所の机は、椅子とセットになっていて、四脚あった。

その四脚とも、使っている。

父と母と息子と猫である。


人間は、一般的に机の上に食事が並び、箸やスプーン、フォークを使って食べている。

しかし、猫のクロは、机の上に置かれた皿に、キャットフードが置かれ、机に前足を置き支えにして椅子に立って、食べている。


どうして、こうなったのかは、あやとが小さい頃に、猫が床で食べるのは嫌だと言ったのがきっかけである。

仕方なく、人間と同じに机の上にキャットフードが入った皿を置いたら、その日からその恰好で食べる光景になった。


今日の献立は、野菜炒め、餃子、チャーハンだ。

全部中華だが、失敗が少ないし、簡単に出来るから、一緒に料理をする時には、とても安心できる。


「おいしいな。この野菜炒め、あやとが?」

「うん。少し焦げたけどな。」

「いや、おいしいよ。」

「チャーハンは、母さんだよ。」


とても楽しい日になった。


自分の部屋に戻ってくると、パソコンのメールを確認する。

メールの整理をしてから、お風呂に入る準備をした。


「クロはどうする?お風呂入る?」

「そうだにゃ……優しく洗ってくれるなら、一緒に入るにゃ。」

「ああ、そうか、これで猫がどんな事で嫌がるのか、わかるな。」

「便利にゃ。でも、猫によっては違うから覚えて置いて欲しいにゃ。」


クロを抱っこして、お風呂へと行く。

お風呂に付くと、二年前と変わらない配置だ。

「いつでも帰って来ていいよ」って言われている風で、少しだけ涙が出ていた。


「あやとにゃ?」

「なんでもない。」


さて、風呂に入ると、クロはあやとに説明する。


「シャワーは嫌にゃ。桶に汲んだお湯で、足からゆっくりかけてほしいにゃ。」


クロの説明通りにする。


「背中は特にかけて欲しくないにゃ。けど、そこが一番毛づくろい出来ないにゃ。だから、ゆっくりとお湯をかけて、ゆっくりと洗ってほしいにゃ。」


普段、膝に乗せて撫でているみたいに洗うと。


「そうにゃ。それでいいにゃ。気持ちいいにゃ。」


顔が満足しているのが見えた。


「泡を落とす時には、さらにゆっくりとかけて欲しいにゃ。」

「こうか?」

「そうにゃ。あやと、気持ちいいにゃ。」


そんな風にお風呂でクロを洗い、脱衣場でクロをタオルで拭いて、二枚目のタオルで身体を包んだ。


「次、俺、風呂入ってくるから、そのままにしていて。」

「分かったにゃ。」


あやとが風呂に入っている間、クロはタオルの中で大人しくしていた。

お風呂から出て来ると、あやとは自分の身体をタオルで拭いて、パジャマを着た。


「クロ、乾かすぞ。」


するとクロは、タオルの中から出てこない。


「あのドライヤーっていうのは、怖いにゃ。」

「そうなのか?」

「タオルで拭いてくれれば、後は、自分で舐めて乾かすにゃ。」

「分かった。ドライヤー、怖かったんだな。」

「あやとが使っている時も、こわいにゃ。」

「分かった。」


あやとは、タオルが撒かれたクロを、父を探して渡した。


「拭いてやってくれ。俺は、自分の髪を乾かして来る。」

「分かった。」

「あー、拭き方は、普段撫でるみたいにな。それ以外は、痛いみたい。」

「そうなのか。」


父は、あやとの言う通りにクロをタオル越しに撫でた。

とても気持ちよさそうにしている。


「なあ、クロや。あやとは、急にどうしてしまったのだ?実家に帰って来て、私の身体を気にして……、もしかしたら、私は何かの病気になっているのか?」

「にゃーにゃ。」(な、するどいにゃ。)

「検診、もう少し、細かく受けるといいのかな?」

「にゃーにゃにゃぁ。」(そうしてにゃ。)

「でも、クロもあやとも、元気にしてくれて良かった。クロを連れて行くと言った時には、クロの体調を気にしたものだ。もう、二十年も生きている。いつ亡くなっても仕方ない。だから、家から離すのを心配していたが、こんな風に風呂にも入れる位まで体力があるなら、もう少しの間、大丈夫だな。」

「にゃ。」(えーとにゃ。)

「出来るなら、あやとに相手が出来るまでは、一緒にいてやってくれ。クロ。」

「にゃにゃ。」(一緒にゃ。)


そう、もう、意思疎通しているから、亡くなる時も一緒だ。

だから、あやともクロも寂しくはない。


しかし、あやとに相手ね。


クロは、胸の辺りが寂しく感じた。

すると、あやとも胸の辺りに寂しさが襲い、半分乾いたままの髪をして、クロの元へと行く。

父に抱かれているクロを見る。


「父さん、クロと何か話した?」

「え、ああ。ちょっと話しをしていただけだ。」

「どんな?」


父は、話した内容をあやとに報告すると、相手の話であやとは胸を寂しくなった。


「父さん、俺、結婚はしないよ。クロが一緒にいればいいから。」

「そうなのか?」

「うん。だって、俺にはクロがいるから。」

「そうか。だとすると、孫の顔がみえないな。」

「それは……ごめん。」


クロも申し訳ない顔をしていた。


「クロ、ありがとう。」


あやとは、クロをタオルのまま抱いて、部屋に行く。

この日は、あやととクロは、引っ付いて寝た。

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