Day17 半年
「上の201号室に引っ越してきました。よろしくお願いします」
地味で、真面目そうな女性だった。後ろに保育園児くらいの小さな女の子がくっついて、こわごわこちらを覗いている。
子連れでこんなところに住むのか……と穏やかでない気持ちになりつつ、私は「わざわざありがとうございます」と返し、粗品と印刷された包装紙に包んだ十枚入りの指定ゴミ袋を受け取った。
この間取りでは親子ふたりには狭いのではないかとか、そういうことを心配したのでは無論ない。このアパートには幽霊が出る。それもすべての部屋に出るという。ここに半年以上住んでいる住人は、皆そのことを承知して、受け入れている人たちばかりだ。
まぁ、わざわざこういう物件に引っ越してくるからには、きっと事情があるのだろう。私は女性に「何か困ったことがあったら仰ってください」と言い、女性は「ご親切にありがとうございます」とお辞儀をした。
でも、201号室の人に伝えた方がいいだろうか。
自室に戻り、ベッドに寝転んで考えた。
私はこのアパートの住人としては古株だ。その経験からいって、ここには「半年」の境目がある、と思う。どんな人でも半年以内にはその部屋からいなくなる、そういう部屋がこのアパートにはいくつかある。
201号室はそのひとつだ。この間まではガタイのいい男性が住んでいたが、ある日逃げるように引っ越した。五か月程しかもたなかったはずだ。何が出るのか知らないが、そういうものがいるのだと、あの親子連れに忠告した方がよかったのだろうか。
考え事をしているうちに暑くなってきて、エアコンをつけた。この時間はもう、窓を開けてはいけない時間だ。
レースカーテンの向こうに子どもの影が立っている。
うちの幽霊は縁側に出る。顔のない男の子だ。
以前は外に出ないと見えなかったのに、もうそのような慎ましい存在ではない。
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