Day16 窓越しの
住んでいるアパートで人死が出た。
住人の若い女性につきまとっていた男が彼女の部屋に不法侵入したものの、なぜか錯乱してアパートの外廊下から飛び降り自滅……という感じの事件だから、俺としてはあまり死者を悼む気になれないというか、正直「ざまぁ」などと思ってしまう。
そういえばこの事件のおかげで、203号室の住人と話す機会が増えた。同世代の、それもかわいらしい女性と話す貴重なチャンスなので、不謹慎だがラッキーだと思っている。俺は仕事柄、小汚い格好で家に籠もっていることが多いのだが、いつ話しかけられてもいいように、最近はちゃんとヒゲを剃るようにしている――まぁ、身繕いは幽霊の出る浴室でやらざるを得ないのが難点といえば難点だ。
基本は浴槽でうずくまっているだけの幽霊だが、たまにこちらをチラ見していることがある。
「何だよ、なんか文句あんのかよ」
などと言ってみたい時もあるが、あまり仲良くなるのもいかがなものかと思って、黙って身支度をしている。
火曜日の午後十一時頃、シャワーを浴びようと浴室に入ると、浴槽の幽霊がガタガタ震え始めた。
何か怖がっているようだが、今夜は雷雨でもなければ、浴室に虫がいるわけでもない。妙だなと思っていると、隣の玄関がバン! と開く音がした。すぐにバタンと閉まり、バタバタと走る足音が続く。逃げるように階段を降りていったようだ。やけに慌ただしい。
俺はふとストーカー事件のことを思い出し、急に203号室の住人のことが心配になった。また何かよからぬことが起こったんじゃないだろうな? などと考え出してしまうと、確かめずにはいられない。
すぐに玄関を出て、階段を降りた。アパートの裏手に出てみると、誰かが通りに立っている。ぎょっとしたが、よく見れば203号室の住人だ。
よかった、彼女に何かあったわけじゃなかったのか。俺はほっと胸を撫で下ろした。203号室の住人はこちらに気づくと、「ちょっと」と手招きをした。
「どうしました?」
「うちの窓見てください。何か見えますか?」
「窓?」
俺は彼女が指さす方に視線を向けた。
203号室の掃き出し窓とベランダが見える。レースのカーテンの向こうに、人影が立っていた。青い服を着ているようだ。
「青い服の……女の人ですか?」
俺がそう言うと、隣人は「やっぱりいるんだ」と呟いた。
「あれ、幽霊です。あなたのとこにも出るでしょ? うちの幽霊、ずっとクローゼットの中にいたのに、出てきたんです。外に――どうしよう。私、海に落ちるかもしれない」
意味のわからないことを言いながら、彼女はじっと窓を見上げていた。
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