Day9 ぱちぱち

 サマーブルーム堺町一階の住人は、掃出し窓の外にあるこじんまりした庭を共有している。

 明確な境界があるわけではないけれど、今のところ互いに気を遣いあって、トラブルもなく過ごしている。

 101号室に住む私は、102号室の住人とここでたびたび顔を合わせる。スラッとした若い男の子で、近くの大学に通っているらしい。向かいの喫茶店でアルバイトをしている姿を見かけたこともある。


 その子に突然、声をかけられた。何かと思えば、花火をくれるという。

「友達から、バイト先で余ったからってもらったんですけど、よければどうぞ」

「どうして私?」

 尋ねると、「お子さんが好きかなと思って」と答える。彼が言うには、朝に洗濯物を干したり、夕方に窓を開けて涼んだりする私を、縁側に立って眺めている小さな男の子がいるらしい。

「うち、一人暮らしです」

 そう言うと、102の男の子は「あっ」と声をあげた。

「すみません、変なこと言って……あの……」

「わかります。ここ出ますもんね」

 私が言うと、彼はほっとしたように笑った。


 で、結局花火はもらった。

 夕方、庭に出て花火に火をつけた。色とりどりの火花が散り、ぱちぱちと懐かしい音がする。漂う火薬のにおい。

 足元を見ながら、次々花火に火を点けた。そのうち、視界の隅に子供の足が見えた。

 ああ、あの子が来たな、と思った。ぱちぱちという音のおかげで昔を思い出し、無性にセンチメンタルな気分になっていた。

「君もやる?」

 私はそう言いながら、花火を持ったまま顔を上げた。

 暮れかけた空を背景にして立っていたタンクトップの少年には、顔がなかった。えぐれたように真っ暗な穴が空いていた。

 思わず、わっと声をあげて立ち上がった。手に持っていた花火が揺れて消えた。

 少年の姿はもう、どこにもなかった。

 

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