Day10 散った
「香坂くん、あの幽霊アパートに住んでるんだって?」
と、同じ授業をとってるだけの女の子にわざわざ話しかけられるくらいには、おれの住んでいるサマーブルーム境町は有名らしかった。それ以来顔を合わせると、ちょっと立ち話くらいをするくらいの知り合いに進化した。
「こわくない? うち、数珠いっぱい集めてるから一個あげよっか」
そういうわけでその日、おれは彼女が休んだ回のレジュメをコピーさせてあげただけだったのだが、思わぬ収穫を得てしまった。
せっかくもらったので、その場で数珠を手首に巻いた。効果があるかないかは置いておいて、水晶の冷たい手触りが気持ちよかった。そんなものもしばらくするうちに着けていることすら忘れてしまって、七限まで授業を受け、図書館に行って借りていた本を返し、明日提出のエッセイを終わらせ、学食に駆け込んだところもう閉まっていて、しかたなく空きっ腹を抱えてとぼとぼと帰宅し、ようやくアパートについてほっと一息ついたのもつかの間、隣室の103号室の前を通過した途端、パン! という音と共に数珠がはじけて、小さな水晶の玉がその辺に飛び散った。
「えっ、……うわ」
女性の声がした。104号室のドアが開いて、そこから住人らしいお姉さんが顔を出していた。
「あっ……すみません、散らかして」
「いや、いいけど。大丈夫?」
「あっ、大丈夫……です」
正直わからなかったので、即答できなかった。
どうやら数珠の紐がちぎれたらしい。そう簡単に切れるものではないだろうに――と不気味に思いつつ、とりあえず飛び散った水晶の玉を拾った。
「ごめんね、手伝えなくて。怪我しててさ」
「いやいやいや、全然いいっす」
おれが遠慮すると、お姉さんは笑った。が、その笑顔をスッと引っ込めて、「103、なんかやばいよね」と言った。
「こないださ、あんまり夜中にうるさいから、腹立って壁ドンしたのよ。そしたらこんなんなっちゃった」
そう言って、右手を見せてくれた。中指と薬指にギプスが巻かれている。
「骨折だって。ありえなくない? 普通の力で壁叩いただけなのに」
おねえさんと別れて自室に入ると、ふだんは夕方しかいないはずの女の影が、キッチンに立っていた。
(もしかして、数珠が切れたとこ見てたのかな)
女の背中越しにキッチンの窓から外を眺めながら、おれはそんなことを考えた。
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