Day8 雷雨

 サマーブルーム境町204号室。

 うちの幽霊は、風呂場に出る。


「この部屋、バスタブが使えないと思ってください」

 元々そういう条件で入居した。その分家賃はかなり安くなったから、不満があるわけではない。元来俺はいわゆる「カラスの行水」というやつで、バスタブが使えなくてもさほど困らないだろうと判断した。

 ただ、バスタブが使えない理由については深く考えていなかった。どうせ使わないのだからどうでもいいと思っていた。

 常時幽霊が入っているから使えないのだとは、思ってもみなかった。

 青白い肌をしたガリガリの男が、狭いバスタブの中で体育座りをして、膝の間に顔を埋めている。

 体調にもよるが、わりと常時はっきり見える。おそらく全裸である。まったく嬉しくないヌードだ。

 古くて狭いアパートだが、バス・トイレが別で助かった。こんなものがいては、落ち着いて用も足せない。

 俺も大概図太いので、こんな部屋でもなんとか暮らしている。バスタブを使わなければほぼ無害だ。


 ところでこいつ、幽霊のくせに怖がりらしい。

 特に雷がダメらしい。雷雨の夜は、バスタブで丸くなったまましくしく泣く。居室にまで泣き声が聞こえてきて、さすがにこれは堪える。

「お前ゴロゴロ恐いんかよ……」

 繊細か。

 とにかくうるさいので、やけくそで風呂に蓋を被せてみた。怒るだろうか? 俺が幽霊ならたぶんカチンとくる。ところがこれが案外正解だったらしく、途端に泣き声が止んだ。

 暗いと安心するのだろうか、幽霊。

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