「何者かになれる」呪いを授けましょう

「何者かになりたいんです」

 その女はどこからどう見ても平凡だった。容姿も、知能も、境遇も、出自も。

「あたし、何もかも普通で……」

 女は今にも泣き出しそうな顔で言った。


 暗鬱な雰囲気の場所。現実にあるのかも分からない空間。呪いを授ける館。


 この館には、今日も何かを叶えるために呪いを欲する者が訪れる。


「……それで、何者かになりたいんだね?」

 館の主である私は、女に応える。

「はい……。このまま、ずっと普通に生きるのは嫌なんです!」

 女は泣き出しそうな顔から一変。固い決意の表情になる。


「分かった。では、あなたに『何者かになれる』呪いを授けましょう」

 私はそう言うと、女の肩に軽く触れる。

「はい、呪いを授けましたよ」

 私は微笑んでみせる。


「……本当ですか!? ありがとうございます!」

 女は嬉しそうに笑みを浮かべる。

「でも……。呪いって言うからには、何か悪いことでも起きたりしないんですか?」

 女はすぐに不安そうな表情になる。


「……悪いことが起きるかどうかは、あなた次第だよ。少なくとも、これであなたは何者かにはなれる。絶対にね」


「…………そうですか。分かりました。あたし、絶対に何者かになってみせます!」

 そう強く言うと、女は館から去っていった。


 もう彼女の決意が揺らぐことはないだろう。何があっても、何が起きても彼女は何者かになる。



 それからしばらくが経ち、世間は一人のアイドルの話題でもちきりになった。


 何でも、元は平凡な女だったが人並み外れた努力と強運でトップアイドルへとのし上がったそうだ。

 新曲は常にランキングトップ。コンサートのチケットは即完売。メディアで彼女を見ない時はないほどの圧倒的人気。


 休む暇などないんじゃないか、と思うくらいの多忙な毎日を送る日々に次第にファンは心配しはじめる。

「さすがに、活動しすぎなんじゃない? 少しは休んでほしい」と。


 それでも、彼女は働きつづける。

「何者かになりたい」という想いを実現するために。


 もう十分に「何者かになっている」はずなのに、それでも彼女は、まだまだ「何者かになりたい」と願い続ける。


 彼女は、永遠に「何者かになる」ために生き続ける。


 例えファンを置いてけぼりにしてでも、一心不乱に「何者かになる」ために頑張り続るトップアイドルの心身が壊れないことを誰しもが願っている。

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あなたに呪いを授けましょう 市川タケハル @Takeharu666

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