44 フォンレスト攻防戦04
●●セイナ&ミラ●●
戦闘音が響く中、セイナたちは領主屋敷に到着した。
すでに、屋敷の中でも騒ぎが起きているようだ。
玄関は開いていて、セイナたちはそのまま中に入っていく。
「どこに行けば?」
「こっちです」
こんな建物に自由に入ったことのないセイナが困っていると、ミラが先を進んだ。
「わかるの?」
「ええまぁ。こういう建物には慣れていますので」
気になることを言ったけれど、いまはその事を追求している余裕はない。
黙って付いていくと、廊下に倒れている人たちがいた。
「騎士の人たち?」
「ですね」
鎧を着ているし、領主の屋敷だから騎士なのだろうと安直に考えていると、ミラが認めた。
よく見てみれば、以前にセイナが放り投げた騎士隊長がいる。
「大丈夫ですか?」
「うっ……」
騎士隊長や他の騎士たちも呻くような返事はするが、意識がはっきりしている様子はない。
とはいえ、一見して怪我をしているようでもない。
「もしかして、薬……とか?」
その言葉を口にした時点で、セイナの中でも嫌な予感が一つの形を作ろうとしていた。
そしてそれを、ミラも否定しなかった。
「セイナさん、解毒はできますか?」
「うん、任せて」
【解毒】の魔法を使っていくと、騎士たちが起き上がった。
「うっ、お前たち」
「大丈夫ですか?」
「くっ! しまった! お嬢様が!」
騎士隊長がセイナたちを押し退けて奥へと走っていく。
セイナたちもその後を追った。
「お嬢様っ!」
部屋の扉は開いていた。
騎士隊長と共に飛び込むと、ベッドにはセイナと同年代ぐらいの少女が眠っており、その前にティータがいた。
苦しそうにベッドの側で膝を付いている。
「ティータ、さん」
「あ、セイナさんたち、来たんですか」
青白い顔に脂汗が光っている。
病魔に冒されたような顔でティータが笑った。
「なにをしたんですか?」
「なにって? 決まっているじゃないですか、お嬢様を救ってあげたんです」
「救ったって……」
ベッドで眠る少女を見る。
ここからだと、少女の状態がどうなのかわからない。
「大丈夫ですよ。ちゃんと生きてます。栄養不足ですし、いままでの運動不足のせいでしばらくは動けないでしょうけど」
「じゃあ、なにをしたんですか?」
「スキルをね、取ってあげたんです」
「え?」
「ポポリさんの薬の効果です。同じ薬を二人で飲むことで、能力の共鳴を起こしてスキルを移動させるんです。一時的に二つの肉体が一つであると錯覚させるんだそうです。なにに対して錯覚させてるんでしょうね、うふふふふ」
辛そうな顔をしているのに、ティータはふらりと立って笑っている。
その薄気味悪い笑い方に、セイナだけでなく、ミラや騎士隊長たちも動けなくなっている。
「これは、肉体に対して強すぎるスキルを持ったために自滅するような人のために作られた薬なんです。成功してよかったですね。このままだとお嬢様は亡くなっていますよ、騎士隊長さん」
「貴様っ!」
「どうして怒るんですか? あなたも婚約者候補なのでしょう?」
怒る騎士隊長の気持ちがわからないと、ティータは首を傾げる。
「このままだとお嬢様は眠りながら死んでしまっていましたよ。スキルを使っていない時も起きていられなかったのはそういうことです。お嬢様ではそもそもの魔力が足りないために、スキルを使いこなせていなかったんですから」
「ぐっ!」
「貴族のお嬢様は蝶よ花よと育てられるのが正しいんですよ。大人になったら望まない結婚をさせられたりするんですから、それまでは楽しく生きていたっていいじゃないですか」
「それで」
ティータの雰囲気に押されている中で、ミラが問い返した。
「それで、スキルはいまあなたが持っているんですよね」
「ええ、そうです」
「なら、どうしてそのスキルで街の危機を救おうとしないんですか?」
「え?」
ミラの質問にティータがまた首を傾げる。
至極不思議という顔をする。
「どうして私がそんな事をしないといけないんですか?」
その言葉に、騎士隊長たちが絶句した。
「お嬢様のためにこんなに頑張っていた私に対して、あんなに冷たかったこの街に、私がなにかしなければならない理由があると思います?」
「それなら、お嬢さんのことだって放っておけばよかったんじゃないですか?」
ミラが厳しく問い返しても、ティータはわからないという顔をするばかりだ。
「それはそれです。私は、お嬢様を救いたかったんですよ。死ぬ直前まで苦しいなんて酷い話じゃないですか」
「このままなら街が滅びます。お嬢さんも死にます」
「ええ、だから、その前に好きな人でもいるのならその顔を見るぐらいはできるんじゃないですか?」
悲恋って、素敵ですよねと、ティータはまた笑う。
「あなたは! 貴族というものがまるでわかっていない!」
たまらないという雰囲気でミラが叫んだ。
「民からの税で生きるということは、民を生かすためにその身を捧げるということです! 政略結婚もその一つですけど、それだけじゃない! あなたはこのお嬢さん、エメルネアさんの貴族としての矜持を踏み躙っている!」
ミラがどうしてそんなことを叫ぶのか、セイナにはすぐにはわからなかった。
だけど、もしかしたら、ミラは……。
「ふうん」
セイナが一つの答えに辿り着きそうになった時、ティータがなんの感慨も受けていない言葉を吐いた。
「ミラさんがそんなこと言うなんて不思議。でも、そんなの私にはどうでもいいです。だってもう、この街はなくなるでしょう? そして……」
ティータの前であの守護女神が現れた。
「魔力増幅薬を飲んでないと辛いですけど、薬の助けがあれば、私は起きたままこのスキルを使えます」
騎士隊長たちの動揺する姿を笑い、ティータは言う。
「街が滅びる前に、私はここを去りますから」
「させません!」
「させるか!」
ミラと騎士隊長が同時に叫び、戦いが始まった。
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