29 メガネの薬師
「普通、魔物は喋らないですよ?」
「やっぱりそうですよね!」
お互いに自己紹介した後に、メガネの女性……ティータはそう言った。
そしてそのことに今更ながらの反応を見せるミラ。
常識が揺れていたらしい。
「タク君はすごいもんね」
「うむ」
そして、異世界の常識を知らされても全く動じないセイナ。
「ふうむ。魔物使いに従った結果の性質変化なのでしょうか? それとも……」
などとぶつぶつ呟きながらティータが観察してくる。
薬師だって言っていたが、魔物にも興味があるのだろうか?
「それで、薬師がなんで一人で魔境に入っていたんだ?」
俺のことを深掘りされても面倒なので話を変える。
「ああ、それなんですけどね」
ティータが理由を話す。
どうやらいま、フォンレストの街を支配する領主の娘が特殊な病気にかかっていて、それを治す方法を求めているらしい。
「魔法は効かないんですか?」
「高位の回復魔法の使い手を呼んだそうですが、失敗したようです」
「そんなの、薬で治せるんですか?」
ミラの意見は、たぶんこの世界の一般的な意見だろう。
ほとんどの怪我や病気が回復魔法で治ってしまうこの世界では、俺たちの世界とは違い、医学は発展していない。
いや、医学というか、人を治療する方向性が違いすぎる。
とはいえ全ての人が回復魔法に頼ることもできないので、薬草を調合した薬師が医者の代わりに活躍する。
まぁ、怪我を一瞬で治すポーションがある世界だ。
薬師の作る薬も魔法めいた効能があるのだろう。
とはいえ、薬は魔法に頼れない時の予備みたいな扱いではある。
「ふふーん。薬を侮ってはいけませんよ」
ミラの言葉に、ティータはふふんと胸を反らせる。
「怪我を治すポーションを作るだけが薬師ではないんです。他にもいろんな薬を作りますからね。あの方の病気だって、きっと治してみせます!」
熱く語っている間に、フォンレストに到着した。
「おっ、ティータ、生きて帰ってきたのか」
ティータを見た門番が声をかけてきた。
フォンレストの門には人が並んでいなかったのですぐに入れた。
ティータの話だと、魔境に近いこの街に訪れる人は少なく、商人たちも多くの護衛を引き連れてやってくることになるので、来るときには大規模になってしまうのだそうだ。
個人でやってくるのは、魔物相手に一稼ぎを企む傭兵や冒険者だけらしい。
俺たちは冒険者なので異常ではないな。
うん。
「っで、こっちは冒険者……うおっ!」
そう言ってからセイナを見て、門番たちは驚いた。
それはそうだろう。
俺を抱えたままのセイナは、その腕に蔓を巻いている。
そして、その蔓の先には、ティータを助けるときに倒したオークが縛られて引きずられている。
そのまま腐らせるのは勿体無いというティータが、丈夫な蔓を見つけ出し、それでオークを縛った。
そしてそれをセイナが引きずってきたというわけだ。
ティータの指導で大きな血管を切り、内臓を抜いているので、皮はともかく肉は売れるだろうということだ。
そのティータも、まさかセイナが一人で引きずるとは思わなかったみたいだが。
このオーク、一体で一五〇キロぐらいはありそうだもんな。
血と内臓が抜けたとはいえね、そんなに軽くはならないと思う。
それをセイナが一人で引きずるというのは、なかなかな光景だ。
「冒険者です!」
「げ、元気でいいね。はいどうぞ」
手が埋まっているセイナの代わりに冒険者の登録証を見せて、中に入る。
「なんか、嫌な感じだったね」
門を抜けるとセイナはそう零した。
「なにか、ティータさんに嫌味を言っていたみたいですよね」
「ううん。まぁ、仕方ないから、気にしなくていいよ」
なにか引っかかる言い方をしたけれど、そこから先はなにも語らなかった。
「あっ、冒険者なんだから依頼してもいいかな? もう一度、採取に挑戦したいんだけど」
「それはいいですけど」
「うん、よかった。あっ、冒険者ギルドはこっちだよ」
ティータは嬉しそうに先を歩いていく。
だけど、俺たちは気づいていた。
あちこちから、彼女に対して悪意があるような視線が飛んでくるのを。
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