27 魔境
次の街に向かうのだけれど、普通ならアスビルの街から出るなら行商人の護衛が当然なのだけれど、今回は慌てて外に出たので、普通の歩き旅だ。
とはいえ、そこそこ儲けたので一回ぐらい依頼を受けない移動があっても問題ない。
「こっから先にある街って……」
「この向こうにあるのはフォンレストですね、たしか」
「ふうん、なにか有名なの? 美味しいものがあるといいなぁ」
「美味しいものが欲しいなら……アスビルにいた方がよかったですよ?」
「え?」
「フォンレストは魔物国家に隣接する都市です。冒険者より傭兵の方が多いくらいですから。美味しいものは……あっ、魔物食が普通らしいですから、珍しいお肉はたくさん食べられるかもしれません」
「魔物食」
セイナとミラが会話していたのだけれど、思わぬ単語が登場してセイナが硬直した。
魔物食かぁ。
あるのは知ってるけど、どんなものなのかなぁ。
「あ、あの……いままで食べたお肉に、魔物のものって……あったの?」
「いえ、この辺りはないんじゃないですかね? 魔物食は牧場とか作る場所のない地域が主流ですから。そもそも、そういうところじゃないと、新鮮な魔物肉が手に入りませんし」
「そっかぁ……」
セイナがほっと胸を撫でおろしている。
「でも、いま向かっているのは魔物食の街だけどな」
「はうっ!」
俺はダンジョンモンスターだから、基本、食べなくても大丈夫。
どれだけ遠く離れても所属のダンジョンからエネルギーが補給される。
まっ、食べてもちゃんと栄養になるけどな。
「ええ、どうしよう。戻る?」
「いま戻ったら、神殿の人たちに見つかるかもですよ?」
「うう……」
「とりあえず、行くべ」
「うう……」
…………。
…………。
…………実を言うと、セイナも食べなくても大丈夫なんだけどな。
こいつもダンジョンのリソースで作られている。
類別としてはダンジョンモンスターなのだ。
なのでダンジョンからエネルギーの供給を受けている。
俺と一緒で食べなくても問題なかったりするんだが……言ってしまうとショックを受けるかもしれないし、そこを説明すると俺がダンジョンマスターであることも教えないといけなくなる。
ダンジョンがなんなのかは、この世界でも謎となっている。
なので、ダンジョンマスターなんて存在がいることを公にすることはできない。
セイナが俺の秘密を簡単に他者に漏らすと思っているわけではない。
ただ、こういうのはそういう油断から漏れてしまうものだ。
蟻の一穴って言葉もあるからな。
そんなわけで、セイナは大人しく魔物を食べればいいと思うよ。
ミラも魔物食の美味しさについて熱く語っている。
語っているのだけれど、よくわからない。
『旨味とは違う美味しさ』とはなんだ?
よくわからないが、最終的にはセイナもその気になって来ていた。
まぁ、あっちでの俺たちの地元は田舎だったからな。
猟師も近くに住んでいたし、鹿とか猪の解体とかを見学させてもらったこともあるし、店に並ぶ肉ができるまでの過程っていうのも知っている。
忌避感があるとすれば、人型がいるっていうこととか、見た目があんまり美味しくなさそうっていうところとかか。
とはいえ、見た目が美味しくなさそうな食べ物は、あっちにもあるしな。
要は慣れだな。
「食べる時は、タク君もだからね」
「おう」
これは仕方ない。
そんな感じで歩きの旅は続く。
途中で野犬なのか狼なのかよくわからない集団に襲われたけれど、それ以外は特にトラブルのない旅が続いた。
進んでいくにつれて、だんだんと平野や畑の光景が消えて森が多くなる。
「気を付けてください。この辺りは魔境と呼ばれる森です」
「普通の森となにか違うの?」
「魔物がすごくたくさんいます」
「普通の森にはいないの?」
「そもそも、普通の森というのがよくわからないんですが……人間が手を入れていない森を魔境と呼びます。人間が管理している森もあります。林とも言いますね」
「なんで、魔境には魔物が多いのかしら?」
「そもそも、魔物というのは……」
と、ミラが魔物について説明する。
魔物というのは簡単に言えば【魔物使い】以外では使役することができず、主に魔境に生息し、人間に対して絶対の敵意を持っている種を総称する。
「魔境を構成する木は八割以上が魔木と呼ばれる物で、とても成長が早く硬い木なのですが、この木から生る実が魔物の食料になります。どうも、魔物の凶暴性はこの実が原因ではないかと言われているそうですね」
「ふうん」
「そういうわけなので、大丈夫だとは思いますけど、油断はしないでくださいね」
「「はーい」」
俺たちが揃って返事をした、その時だった。
「た、たすけてー!」
森の中から悲鳴が聞こえた。
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