15 スキルの悪魔
移動している間、ジェインたちの境遇を教えてもらった。
「アタシたちは親無しの集まりでね。薬草集めをしながら、冒険者として成り上がっていくのを目標にしてた」
この世界のメジャーな傷薬であるポーションは、魔法に等しい回復力がある。
魔物との戦いが多いこちらの世界にとって、重要な存在だ。
そのポーションの材料となる薬草は、野外でならばいくらでも繁茂するので、手軽な金稼ぎとして機能している。
親無し……親のいないジェインたちにとっては、生きるためだっただろうが。
「それなりに上手くやっていたよ。金を貯めて、武器を買って、野良のゴブリンなんかを退治したりして……そんなある日にさ、特殊な薬草を探しに行く依頼を受けて、アタシらはその廃砦に行った」
そこで出会ったという。
悪魔に。
「見た目は普通にフードとローブで姿を隠した人間に見えた。廃砦にいるだけで十分怪しいからね。もちろん油断はしなかった」
だけど、その悪魔は口が上手かった。
最初は相手にせずに依頼の薬草を探していたジェインたちだったが、自ら手伝いを申し出たり、焚火を用意して食べ物を提供してくれるようになると、少しは信用するようになった。
そして、そこに開いた隙をこじ開けるように、悪魔は提案をしてくる。
「スキルはいらないかな?」
スキルという概念は、この世界では当たり前に定着している。
誰もが自分の能力に関して、客観的に把握することができるし、より詳細に知ることのできる【鑑定】という魔法もある。
まぁ、【鑑定】もチートな魔法なので、内部でいろいろと制限が加えられているが。
努力して手に入るものもあれば、生まれついてのものもある。また、スキルは+が付くのからわかるように、成長もする。
農家には農家の、冒険者には冒険者の、それぞれの生き方に沿ってスキルは発生し、成長していく。
自分の能力がわかりやすくなる分、俺たちの世界より生きやすいし、やりがいなんかもあるかもしれない。
「誰もが簡単に手に入らないような希少なスキルを、君たちに貸してあげられるんだ」
『貸す』
いきなり怪しいワードが出て来た。
しかし、『あげる』じゃなくて『貸す』な分、正直なのかもしれない。
あるいは、俺の知っている悪魔のように、契約内容はしっかりしていないといけない性質なのか。
悪魔は言った。
危ない話じゃない。
貸している間、利子をもらうだけだ。
魔力だ。
日に少しずつ、魔力をもらうだけだよ。
それだけで君たちは、他人が羨むような素敵で特別なスキルを手に入れることができるんだ。
冒険者として成り上がるなら、スキルの重要性は何度も耳にした。
そして、なにも持っていないがゆえになにかを持ちたいジェインたちにとって、特別なスキルという言葉は、甘い誘惑となった。
代償は魔力。
最初からそうわかっていたことも、承諾のきっかけになったのかもしれない。
そうして、ジェインたちはスキルを得た。
ジェインは少しだけ知恵を巡らせた結果、他者から生気や魔力を奪うスキルを求めた。
悪魔に取られるのなら、それ以上を他者から奪うスキルにすればいいという考え方だ。
他の二人もその考えに倣って、同じようなものを求めた。
その結果、ジェインは【吸精術】を、盾役戦士は殺意から精力を得る【吸意術】を、殴り役戦士は【吸血剣】を。
それぞれにスキルを得た。
特殊なスキルを得た彼らは、その後、戦う術を磨き、冒険者として成り上がっていった。
しかし、成功を喜んでいられた時間は短かった。
悪魔と契約した者は……ジェインとともに廃砦に特別な薬草を採りに行った仲間たちは、全部で八人いた。
彼らはずっと一緒にパーティを組んでいた。
だが、ジェインの考えに賛同せずに、それぞれに理想の強さを求めてスキルを者たちは皆……ある日突然に死んだ。
朝、目覚めると干からびた姿でベッドにいるのを発見することとなった。
「美味い話なんてないんだなって、思い知らされたよ」
その頃にはジェインたちも成長し、借金苦で身を持ち崩す商人や町人の話を聞くのも珍しくなくなっていた。
少しは、そういう話の中身を理解できるようになった。
死んだ仲間たちは、利子を払いきれなくなって、干からびてしまった。
三人が生き残っているのは、他者から精気を得る術によってなんとか支払えているのだと理解した。
「だからアタシたちは、必死に戦ったよ」
戦闘に集中できるダンジョンに活躍の場を移し、体が動く日は毎日でも戦った。
そうしている間は、生きていられるんだと思った。
思って、戦って、思って、戦って……。
「もう、疲れちまったよ」
そう吐き出したジェインの言葉は、枯葉のようだと思った。
「だけど、干からびて死ぬのを待つのはごめんだから……」
決着を付けに行く。
「まだ、あの廃砦にいるとも限らないんだけどさ。でも、そこに行くしかないから。大丈夫、あんたたちは戦わなくていいから。アタシらが死んだら、逃げてくれていいから」
全てを話し終えたジェインたちは、仲間とともに虚ろな目で夜空を眺めた。
嫌な予感しかない顔だった。
「やばいですよ」
三人から離れたところで、ミラがセイナを捕まえて言う。
そう言う気持ちはわかる。
「悪魔っていうのは魔物じゃない。正体不明の存在です。そんなのが関わっていて、しかもスキルを貸して遠くから干からびて殺す? わけがわからな過ぎて近づかない以外に最善の方法なんてありません」
ほんとうにその通りだと思う。
悪魔なんてわけがわからないものに近寄るべきじゃない。
普段なら。
いまは違う。
俺の【ガイド】も情報がはっきりしてきた結果、終わりの道筋が見えて来た。
だから、言える。
「俺たちは大丈夫だ」
「ボクは、あなたの主人と話しているんです」
ミラに睨まれた。
決定権が俺にあるとは思ってくれないか。
まぁ、いまの俺は魔物だからな。
仕方ない。
「でも、ジェインさんたちは困っているし」
「他人が困っているからって、自分を危険に晒す理由にはなりませんよ」
「うん。それもわかるんだけど……でも、私たちにも理由があるから」
「理由……理由ってなんなんですか?」
「一緒に付いてくるならわかると思うよ」
「いま、言えないんですか?」
「いま言っても、きっと理解できないと思うし」
「ボクだって、他人事のために命は賭けられませんよ!」
ミラは怒っている。
セイナほどじゃないが人が良さそうな彼女だけれど、いまの状況は限度を超えているらしい。
それもそうか。
地球でも、日本人は危機感が薄いって言われるぐらいな平和なところで生きている。
薄情だって言われることもあるけれど、それは助けて欲しいことなのかどうかわからないからという時だってこともある。
基本的に、頼まれれば断れないお人好しが多いのが日本人だと、俺は思っている。
そんな中でも、セイナは生粋のお人好しだ。
そんなお人好しマインドには、ミラも付いていけないか。
「タク君、どうしよう?」
さすがに困ったのか、セイナが俺に意見を求める。
「喋ってもいいぞ」
「いいの?」
「こんなこと、言いふらしたって誰も信じないさ」
それに、ミラぐらいのお人好しでもここで退くような事態なら、今後の他人との付き合い方も考えないといけなくなる。
「……それなら」
俺がそんなことを考えている間に、セイナが語りだす。
異世界転生したこと。
チートスキルを集めないといけないこと。
「転生……」
その言葉に、ミラは驚いた顔をしている。
「なるほど、そういう理由ですか」
「あれ? 納得した?」
セイナが驚いている。
俺も驚いた。
まさか、納得するとは思わなかった。
「はい。まぁ、半分ほどですが。でも……」
ミラはさきほどまでの険しい表情を収めて、鞘に収まった剣に手を置いた。
「そういう理由なら、僕も戦えます」
「戦えるんだ」
「僕にも事情はありますから。聞きますか?」
ここまで来たら聞くしかない。
俺たち二人、揃って頷いた。
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