16 廃砦



 廃砦に到着した。


 基礎部分が少しだけ残っているような状態で、これが砦かどうかなんてみただけではわからない。




 兵どもがなんたらかんたらみたいな言葉が浮かんでくるぐらい、遺跡みたいな状態だ。




「悪魔! いるのか?」


「いるさ」




 ジェインが叫ぶと、その声が応じた。


 いきなりだった。


 さっきそこを見たはずの場所から、フードとマントで姿を隠した人物がふらりと現れた。




「なんだね? わざわざやってくるとは? まさか、そこの彼女たちを紹介に来たのかな?」


「はっ、そんなわけがないだろう」




 ジェインの周りから灰色の気のようなものが溢れ出す。


 他の二人も武器を構えた。




「あんたとの貸し借りをチャラにしようと思ってね」


「貸し借り? こちらは貸してしかいないがね」


「騙しておいて!」


「なに一つ騙していないさ。いやいやそもそも君たち……悪魔と契約しておいて、普通のやり取りで終わるだなんて思っていたのかい?」




 フードに姿を隠した悪魔は、そう言い放ってジェインたちを笑った。


 それが彼らの感情を撃発させる。




「貴様ぁ!」


「おっと……戦いになると思っているのだったら、甘いというものだ」




 そう言った瞬間、武器を構えていた戦士の二人がばたりと倒れた。




「……え?」




 ジェインはなにが起きたのかわからない顔で、前に立っていた二人を見る。


 二人は、鎧以外を残して消えていた。




「君たちはよく稼ぐから残しておいたがね。あれだよ。君たちは魔力を持っていかれるだけで済むと思っていたようだが、そもそも……どれだけの魔力を持っていかれるのか、その数値を理解していたのかな? 君たちのスキルが、魔力に換算すればいくらになり、利子はいくらで、どういう計画で返していけば完済できるのか、ちゃんと考えていたのかい?」


「……お、ま、え」


「君たちはなにも知らない。君たちの利子がどれだけ膨らんでいるのか。もはや君たちの命をもらったところで完済には程遠い」


「おまえ……」


「どうかな? これからもちゃんと労働をして、返済をしていくのなら今日のところは見逃してあげよう。なぁに、死ぬ気でダンジョンで魔物を狩り続ければ、老衰前には完済できるんじゃないかな? 知らないけど」


「お前ぇぇええっ!!」


「だめか」




 失望の言葉。


 同時に、ジェインの姿もそこから消え、服だけがそこに残った。




「なにが不満だったのやら。彼らは望んだとおりに冒険者として成功していたのではないかな? 少なくとも残しておいた三人に関してはそうだった。ダンジョンで戦って、魔石もたくさん稼いで、お金持ちになっていたじゃないか。望み通りだ。なにが不満だったのか」




 本当にわからないという感じで呟き、そして、俺たちに視線を向けた。


 フードの奥で眼光が閃き、俺たちは身を硬くした。




「君たちはどうかな? 私からスキルを借りる気はないかな?」


「ありません!」




 セイナが震える声で、しかし決然と言い放った。




「ふむ……では君たちに用はない。行きたまえ。ああ、できれば人の多いところで私のことを言いふらしてくれないかな? 最近、客が少なくてね」


「お断りします。そして、私はあなたを許さない!」


「許さない? おかしなことを言う。私が何か間違ったことをしたかね?」


「命を奪った!」


「命? 命ほど安い質草はない。本当に残念だ。彼女たち三人はよく稼いでくれていた」


「許さない!」




 話が通じない。


 悪魔に人間の価値観を理解しろというのが無理なのかもしれないし、そもそもセイナの道徳観が、こちらとは違うのもあるかもしれない。


 だが、セイナは怒っていた。




 怒った彼女は、本能的に【成長補正】に付いていた+1を利用して、新たなスキルを得た。


【拳闘補正】を。




「ぬうっ!」




 セイナの身体能力は凄まじい。


 前にも言ったが、彼女の肉体は上位竜種を作れるぐらいのリソースを使用している。


 つまり、能力も上位竜種並だ。


 普段は平和主義の彼女だからそんな能力が発揮されることはないが、怒りに燃えた今なら違う。




 その拳は悪魔だって吹っ飛ばす。


 その一撃は悪魔の姿を隠していたフードとローブを衝撃波で引き裂き、中身を露にさせた。




 そこにいたのは、細くて黒い棒のような体をした悪魔だった。


 頭だけが普通にあって、しかも鹿のような角が複数の場所から伸びていて大きく見える。


 ?


 どうやってフードの中に隠していたんだ。


 悪魔的な謎だな。




「お、おのれぇ、なにをするのかね。君……」




 突然に殴られて、悪魔は狼狽しながらこちらに文句を言う。


 その背後にミラが回った。




「央傘流真剣術……【血盟剣】起動!」




 ミラが自分の剣の刃に手を走らせ、自分の血を塗りたくる。


 瞬間、血で濡れた剣が光を発した。




「【血刃奔ちばしり】!」


「ぎゃあっ!」




 剣から放たれた赤い刃が悪魔の表面を走る。


 悪魔は悲鳴を上げて、また吹き飛んだ。




「こいつ、硬いです!」


「倒れるまで殴るだけです」


「おおっ!」




 俺も負けていられないと【衝撃邪眼】で戦闘に参加する。


 こうして悪魔を宙に浮かせるだけの戦いが始まった。




 この間に、ミラに関して少し話そう。


 彼女は廃砦に着く前に、俺たちに自分のことを語った。


 実は彼女は、家名は教えてくれなかったが良いところのお嬢様で、自分の磨いた件の腕を試したくて、冒険者になったのだそうだ。


 そんな生い立ちだからなのか、ミラもセイナに負けないぐらいにお人好しで、こんなところに付いてきた。


 あの不思議な技を見る限り、ミラの剣術は普通のものではない。


 あるいはただの良いところのお嬢様ではないのかもしれないけれど……別にいいか。




 問題は、まだある。




「くっ、ふふふふ……」




 地面に頭から落ちた悪魔が、笑いを零す。




「これで気が済みましたか?」


「くそっ、こいつ……どうして死なない?」


「…………」




 ミラが呻き、セイナも睨み付けている。


 悪魔はボロボロになっていた、頭の角も半分以上が折れている。


 だけど、血は流れていない。


 死ぬ様子もない。


 それはそうだ。


 悪魔は、死なない。




「無駄ですよう。悪魔は完全魔力生命体。殴ろうが切ろうが、悪魔をどうこうすることはできませぇぇぇん」




 いまだ逆さまの癖に、悪魔が俺たちを笑う。


 逆さまの癖に。




「……殴られたら痛いのでしょう?」


「うひ」




 ミラは疲れているし、俺も【衝撃邪眼】の使い過ぎて目が痛い。


 だけど、セイナはまだ戦える。


 竜の体力は人間とは比べ物にならない。




「それなら、あなたの心が折れるまで、殴り続けるのみ」


「ままままま……待ってください!」




 セイナの本気を感じた悪魔が、あっというまに折れた。




「参りました参りました! 降参です! 負けました!」




 逆さまを直して両手を上げる悪魔に、セイナが動きを止めた。




「そうだ! 敗北の証にあなた方にスキルを差し上げます。どうでしょう?」


「そんなこと言って、騙すつもりね」


「そんなことはありませんよ。私は嘘を言いません。前言も撤回しません。本当ですよ。本当に、スキルを……差し上げます!」




 こっそり『スキルを』と『差し上げます』の間に『貸して』を滑り込ませるあたり、こいつも反省していない。


 まぁ、悪魔なんてそういうものなんだろう。




「それなら、いまのお前が出せる最高のスキルをくれ」


「は?」


「いまのお前が全魔力を尽くして出せる、最高最強のスキルだ」


「は、はは……そんなのはお安い御用と言いたいですが、私、魔力生命体ですので、全部は……」


「それなら、九割でいい。お前の全魔力の九割の魔力で作った最高最強のスキルだ。繰り返せ」


「私の全魔力の九割で作った最高最強のスキル、ですね。わかりました。では……」


「待った。契約の確認なんだが……」


「細かい魔物ですね」


「なんだ?」


「いえ、なんですか?」


「お前の契約は、俺の体にではなく、そのスキルに絡みついているんだよな?」


「……どうしてそんなことが気になるんですか?」


「おや? 契約の詳細を全部ここで喋りたいのか?」


「くっ! その通りですよ。あなたにではなく、あなたに……差し上げるスキルに契約は込められます」


「それが聞ければいいんだ」


「~~~~ではっ!」




 悪魔も、嫌な予感に襲われていたことだろう。


 だが、ここで拒否はできない。


 セレナと……息を整えたミラはいますぐにでも戦闘を再開したい顔をしている。


 だが、俺のこの交渉は、すでに打ち合わせていた段取りだ。


 この段取りを崩すことは、二人はない。


 律儀だからな、どっちも。




 そして律儀という意味ではこの悪魔もそうだ。


 この……他者にスキルを貸し与えて、そのスキルに相応した魔力を元本として暴利を加えて徴収するのが、この悪魔の有り様だ。


 利子が膨大ともなれば、命さえも取り立てることができる。


 そして悪魔は、自分から持ち掛けた契約からは逃れられないという縛りがあるようだ。


 自分が不利だと気付いたならさっさとやめればいいのに、契約の話を続けているのがその証拠だ。


 スキルで例えれば、【スキル生成】と【スキルレンタル】ってところか。


 どっちもチートスキルだが、悪魔からこれを奪うのは難しいだろう。


 なのでいまは、その力を利用するだけにとどめて、力を奪い取ることだけを考えよう。




「ぬう~~~~~~~~~~はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」




 悪魔が全力で叫ぶと、俺の中に雷が落ちたかのような衝撃が走った。


 スキルが増えている。


 これは……【魔人】?


 なんだったっけな?


 うちのダンジョンで扱えるスキル一覧でちらっと見たことあるな。


 多すぎて覚えられないぐらいにあるからな。


 まぁいいか。


 一応は、チートスキルだ。




「ふっ、ふふふ……どうですか?」


「ああ、すごいよ」


「では……」


「ダンジョンマスターTKT132b599より申請」


「……は?」


「ダンジョンマスター権限により、以下のスキルを還元する。スキル【魔人】」


「なっ⁉ なぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


「魔物に【魔人】のスキルを与えるってところが嫌味だよな」




 効果は覚えていないが、魔『人』だぞ。


 どうせ魔物には使えないだろっていう、嫌がらせだろ。


 それでさっさと暴利を貯めて、俺の命を消すつもりだったか?


 そんなことはさせるか。




「スキルがなくなれば、お前から借りたって事実もなくなる。そうだろ?」


「あ、ああ……ああああああああああっ!」


「何年かけて貯めた魔力だか知らないが……ざまぁみやがれ」


「お、おのれおのれおのれっ! 見てろ見てろ見てろ! この恨み! 必ずや!」


「吠えてろ」




 悶絶して転がりながら逃げていく悪魔に、俺はそう吐き捨てた。




「でも、倒せなかったね」




 俺的にはすっきりしたが、セイナとミラはいまいちのようだ。


 追いかけなかったのは、弱っていても倒せないとわかっているからだ。




「悪魔を倒す手段がなかったからな」


「あいつは、また同じことをするかもしれません」




 ミラがそんなことを言う。




「それなら、その時までに悪魔を倒す方法を探しておこうぜ」


「あっ……」


「完全魔力生命体だったか? それなら魔力を奪うような魔法とかスキルとかがあればいいのか。どうやったら手に入るかな?」




 ていうか、いまさらだがチートスキルを持っているのが他人だった場合、どうやって奪えばいいんだ?


 その方法だって考えないといけないな。


 やることが、まだまだいっぱいある。


 落ち込んでる暇なんてないな。




「ふふ……」


「なんだよ」


「やっぱり、タク君はすごいね」


「なにがすごいんだか」




 セイナの方が能力はすごいんだぞ。




「うん、私は、タク君がいれば大丈夫だよ」


「そうかい」


「あっ、ちょっと! なんかボクを放置していい感じに終わった感を出さないでくださいよ!」


「あはは!」




 慌てて追いかけてくるミラのなにが面白かったのか、セイナは俺を抱えて走り出した。






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