11 対ゴブリン戦



††ミラ††




 ホッパーコカトリスのタクトさんがゴブリンの群れを引き付けている。


 その間に、私はセイナさんを連れて別の方向から村に入る。


 村はひどい状況で、見るに堪えない死体があちこちに転がっており、この時点で私はセイナさんに泣きついたことを後悔していた。


 なんでこんな危険な場所に二人と一体だけで来てしまったのだろう。


 ダンジョンの魔物であるホッパーコカトリスが見たこともないような知的な対応をしているから、それを従えるセイナさんも強い人だと勘違いしてしまったのだろうか?


 いや……ただ、私が世間知らずなだけなんだと思い知らされる。


 領主や役人も、冒険者ギルドも冒険者も……近くで起きている悲劇に対して、誰もそうしたくて見ないふりをしているわけではない。


 うかつに動けば自分が危ないことになるとわかっているから、すぐには動かないのだ。


 誰だって、自分の命が大事だ。




 ゴブリンの群れはタクトさんが引き付けてくれた。


 だけどさすがに、全部というわけにはいかない。




「ギッ!」


「ギャッ!」




 村長の家を囲んでいるゴブリンの一部を倒し、ドアの前に立つ。




「どなたかいらっしゃいますか? 冒険者です。怪我人がいたら治療できます!」




 私の後に続いてきたセイナさんがドアに向かって叫ぶ。




「冒険者⁉ 待ってくれ!」




 ガタガタと、ドアを固めていたなにかをどかせる音が響き、少しだけ開いた。




「早く!」




 年配の男性に言われて、セイナさん、私の順で隙間に体を滑らせる。




「たすけが来たのか⁉」




 そこら中から声が上がる。


 期待した目があちこちから突き刺さり、私は罪悪感に唸ってしまった。


 玄関前はちょっとした広間になっており、そこに多くの人が集まっていた。




「いえ、まだ私たちだけです」


「そんな……」


「でも、仲間が外で戦ってくれています! がんばりましょう! まずはけがの治療です!」




 言ったのはセイナさんだ。


 私が言い淀んでいると、すぐにそう言って覚えたばかりの【回復】の魔法で怪我人を治していく。




「大丈夫です! きっとたすかりますからね!」




 励ましていくセイナの姿にみんなが勇気をもらえているのがわかった。


 私は……なにをしているんだろう?


 私が、彼女をここに連れて来たのに、それなのに、私はまだなにもできていない。




 ダンダン!




 壁を叩く音が聞こえてきて、わずかに弛緩していた空気に緊張が戻る。


 またゴブリンがやってきたみたいだ。


 村長の家はこういう襲撃があったときのために、村で一番頑丈にできているのが普通だ。


 だから、ここにいればたすけが来るまで耐えることができるかもしれない。


 そう、できるかもしれないのに、私は焦ってきてしまった。


 それなのに、ここに来てただ立っているだけなんて、できない。




「どこか、外に出られる場所はありませんか?」


「ミラちゃん⁉」


「少しでも数を減らします。そうすれば、タクトさんも楽になるはずですから」


「それなら、二階から屋根に出られる。矢がまだある時は、猟師がそこで戦ってくれていた」


「わかりました」




 村長らしき男性の言葉に従い、私は案内されて二階に行き、そこから屋根に出た。


 矢。


 自分たちがただ来るだけでなく、矢とか食料とか薬とか、そういった物を持ってくるということも考えないといけなかった。




「ほんとに、考えなしだ」




 後悔した。


 だけど、もうここにいるという現実は変わらない。


 後悔を取り返せないなら、今できることに全力を傾けるだけだ。


 剣を抜き、私は屋根から下りてゴブリンを斬った。






†††††






【衝撃邪眼】はスキルなので魔力的な使用制限はない。


 ないが、疲れないわけでもない。


 きっとスタミナ的なものを消費している。


 当たり前の話だけどな。


 生物なのだから、生きているだけで腹は減るし、運動すればその速度は早くなる。


 無限なんてものは存在しない。




「ああ……疲れた」




 それでも、襲って来るゴブリンがいなくなるまで戦うことはできた。


 グンタイオオアリとか別のゴブリンとか。これよりも前に、有利な状況での戦いを経験できていたことも、冷静に戦えた原因だとは思う。


 引き撃ち作戦もうまくいったし。


 しばし息を整えてから、村の中心に向かって移動する。


 セイナの【魔物使い】によって俺は縛られているから、彼女の場所もなんとなくわかる。


 そこにあった大き目の家の周りにもゴブリンの死体が転がっていて、玄関前の階段に剣を地面に刺して座り込んでいる姿がある。




「ミラか?」


「あ……タクト、さん」




 俺よりも荒い息で、ミラが顔を上げた。




「全部倒したんですか?」


「わからん。どっかに隠れてるかもしれないけど、見えてる分は倒した」


「そう……ですか。すごいですね」


「なぁ、こういうのも耳とか取った方がいいのかな?」


「耳……?」


「討伐証明。部位は耳だよな?」


「あ、そうですね。はっ、はは……すごいなぁ」


「いや、現実的に考えてるだけだけどな」


「現実的……」




 なんだかその言葉にダメージを受けている様子で、ミラは地面に刺した剣にさらに体重をかけて盛大にため息を吐いている。


 俺は、その剣が気になった。


 いわゆる長剣な感じの形なのだけれど、剣身の部分に立派な装飾がされている。


 ただの飾りではなく、なんらかの力や意味が込められていそうだ。




「その剣、なんかすごそうだな」


「あっ! はは……これは修行の成果というか、一族の証明というか」


「へぇ。一族とかいるんだ」


「あっ、はい! ……周りがすごすぎて、落ち込んじゃうんで修行の旅に出たんですけど。まだまだ未熟です」


「そうか? ちゃんと戦えたんじゃないのか?」


「え?」


「ここにいるゴブリン、全部倒せたんだろ?」




 村長宅の周辺には無数のゴブリンの死体が転がっている。


 二十ぐらいはいると思う。


 いくらかは矢で倒されたものもあるようだけれど、それは少ない。


 つまり、ほとんどをミラが倒したはずだ。




「たぶんだけど、普通の初心者冒険者はこんなことできないだろ」


「それは……そうですけど」


「なら、俺たちはすごいことをしたんじゃないか」


「でも……」


「反省するのも大事だけど、意識的に気分を上げることも探しとかないときついって」


「……ふふ」


「うん?」


「タクトさんは、魔物なのにすごいですね」


「そうか?」


「そうですよ」


「うん、まぁ……そうかもな」


「うわっ、認めた」


「俺はすごいからな」


「ううん……そんなのは私はできないかも」


「そんなことはない」


「ええ……」




 ギギギギギ……。




「誰かぁ、私抜きで楽しそうなことをしていませんか?」




 背後でドアが開いて、恨めし気にセイナが顔を覗かせた。








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