10 ミラのトラブル



 ミラの話を聞くことにした。


 冒険者ギルドでパーティメンバー募集の張り紙を見たり、一人でできる依頼はないかと眺めていると、慌ててギルドに駆け込んでくる姿があった。


 その人物は受付でなにか訴え、しばらく揉めた後で肩をがっくりと落してその場を離れ……そしていきなり、ギルドのホールでだらけていた冒険者たちに向かって叫んだのだ。




「誰か、俺の村をたすけてくれ!」




 と。


 そして、ミラは話を聞いてしまった。


 その人物はこの街の近くにある村の住人なのだが、どうやらそこにゴブリンの大群が襲ってきたのだという。


 すでに街の兵士に伝えて救助の部隊が差し向けられることになっているが、出発はすぐではないのだという。


 それで、冒険者ギルドに駆け込んできた。


 だが、ギルドの受付は、報酬が確定しない仕事を受け付けない。


 一文無しで村から走って来た人物はお金など持っていなかった。


 しばらくすれば役所の方から依頼が来るかもしれないし、あるいは救助の部隊が動くかもしれない。


 それまで待てと受付は説得していたようだ。


 だが、その人物……男は待てなかった。


 村には家族がいる。


 恋人がいる。


 仲間がいる。


 そんな人々が危機となっているときに、ただ待っているなんてできない。


 だから、叫んだ。


 冒険者ギルドのホールで「たすけてくれ」と。


 そして、ミラがその声に応えてしまった……というわけか。




「大変! なんとかしないと!」




 そして、そういうのにセイナは乗ってしまうタイプだ。




「ありがとう! では、準備を急ぎましょう!」




 セイナの反応にミラはほっとして、走り出す。


 俺を抱えてセイナも走る。


 抱えられて暇を持て余す俺は、嫌な予感しかしなかった。




 準備といっても俺たちにはたいした荷物なんてない。


 宿に預けていた荷物を受け取れば終了だ。


 それを取って、合流地点として約束した門の前に到着すると、そこにはミラと話題の男しかいなかった。




「え? 私たちだけ?」


「……そうなの」




 わざと言わなかったのか、言う暇がなかったのか。ミラは申し訳なさそうに顔を曇らせた。




「まぁ、そうだろうな」




 ぽつりと、俺は漏らした。


 冒険者というのは慈善事業でもなければ、善人の集まりでもない。


 地球風に言えば自営業者であり、日雇い労働者だ。


 役所の動きが遅いのは仕組みが悪いのだろうけれど、だからといって冒険者に助けを求めたところで、報酬がなければ動くなんてありえない。


 目の前でひどいことが起きていれば、反射で動いてしまう人間はもう少し増えるかもしれないが、離れた場所で、しかも『ゴブリンが人間の村を襲うだけの集団となっている』と聞いて、無償で動ける冒険者はいないだろう。


 日の浅いダンジョンマスターだけれど、限られた空間の中で彼らを見ていた。


 そしていまは【ガイド】の導きもある。


 こうなるだろうことは見えていた。




「だ、大丈夫なの、かな?」




 さすがにセイナも冷静さを取り戻した。


 お人好しであっても暴力事が得意なわけでもない彼女だ。こういう反応になるのは当たり前だ。


 俺をぎゅっと抱く。




「心配すんな」




 その不安を感じ取って、俺は言った。




「なんとかなる」


「そ、そう?」


「ただし……」


「え?」


「このまま進めば、嫌な光景を見ることになる。それは覚悟しとけよ」




 そう釘は刺しておく。




「それでも行くか?」


「……うん」


「よし、なら、行こう」


「うん、行こう」




 そういうことになった。




 道案内をすると言った男だけれど、ここまで走り通しだったことで限界が来てしまった。


 彼から道順だけを聞きだして、セイナとミラは走る。


 俺は相変わらず抱えられている。


 三十分ぐらい走っていると、そこに辿り着いた。


 途中から煙が昇って目印になっていたので、迷うことはなかった。




「ひどい」




 村の惨状が見える場所まで着くと、二人は足を止め、そしてほぼ同時に呟いた。


 火はどこかの家で使われていたものが零れ、連鎖していったのだろう。


 連鎖の道筋がここからではよく見えた。


 村のあちこちに緑の肌のゴブリンが走り回り、あちこちを壊している。


 逃げ回っている人の姿はない。


 いや、見える範囲にいる人で動いているものはない……というべきか。


 腹を減らしたゴブリンの集団が村を襲ったのだろうが、戦っている内に血に酔ったのだろう。


 破壊行為に拘泥し……とにかく、エグイ光景が広がっている。




「こんなの……」




 セイナは言葉が出なくなっている。


 隣のミラも同じ状態だ。


 そういえば、ミラは剣を持っている。


 一緒に行動していた時には持っていなかったし、鞘の見た目からしても高価そうだ。




「俺が最初に行って囮になる」




 動けなくなっている二人に、俺は言った。




「セイナは生きてる人を治療。ミラはセイナを守ってくれ」


「タク君!」




 セイナの腕から抜けた俺は、セイナが止める前に村に向かっていく。




「ここまで来たんだ。ビビるだけってわけにはいかないだろ!」




 そう叫び、村に侵入する。


 最初に目に入ったゴブリンを【衝撃邪眼+1】で倒す。


 周りの喧騒に負けない、派手な破裂音が響いた。


 その瞬間、村の中にあった無残を生み出す声や音が途絶え、そしてあちこちからゴブリンたちが姿を見せた。


 血に酔い、破壊に溺れた熱く濁れた瞳が俺を刺す。


 飢えを我慢することに飽き飽きした顔。


 一時の解放感に満たされた顔。


 そして、それを邪魔する存在が現れたことに純粋な怒りを見せ、敵の強さを量るなんていう冷静さを失って、俺に殺到してくる。




 俺は【衝撃邪眼】を使う。


 敵を倒すにはそれしか武器がないのだからしかたない。


 だが、見えた物にとにかく衝撃をぶち当てる強力なスキルだ。


 とはいえ、弱点がないわけではない。


 見えた物になんでも衝撃を浴びせることができるけれど、与えられる個体には限度がある。


 そう、これは範囲攻撃ではなく、単体攻撃だ。


 グンタイオオアリの巣を攻めた時や、この前のゴブリンの巣のときとは状況が違う。


 広い場所のあちこちからゴブリンは姿を見せる。


 そして、目の向かない背後から襲われると対処できない。


 なので、ゴブリンが俺に襲って来ることに集中している間に、俺はじりじりと後ろに下がりながら敵を引き付ける、アクション要素のあるRPGなんかでやる引き撃ちみたいな戦い方をすることとなった。








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