08 選択



「決めたよ!」


「おう」




 朝、目を覚ますとセイナがそう言った。


 もちろん、獲得するスキルの話だ。




「で、どうしたん?」


「まだ取ってないんだけど、私、回復職になる!」


「回復職?」


「うん。タク君が前に言ってたよね? 『回復職は引く手数多って』」


「うん? んん……ああ」




 思い出した。


 前にMMORPGをやってた時の話だ。


 やったのは、親父の命令でだった。


 ダンジョンマスターの仕事を冒険者側から理解するのに、MMORPGがちょうどいいとかいう理由だった。


 で、俺がそれをするって話をしていたら、セイナも少しだけやったんだった。


 そん時、なんの職業にするか悩んでいたからそう言ったんだったか。


 で、実際に回復職になった。




「あん時は……」




 なんですぐにやめたんだっけ?


 あっ、思い出した。


 二人で入ったプレイヤーサークルで、セイナが迂闊にリアルJCだってばらしたものだから、たくさんのおっさんから甘やかされたんだった。


 で、セイナはお姫様プレイが嫌で、そのままゲームを止めたんだったか。




「あのゲームはよくわからなかったけど、回復職はお医者さんっぽくて私向きだと思う」


「……ああ、そうね」




 医者?


 どうかなぁ?


 魔法のある世界の回復職って、医者とは違うような気もするけど。


 やりたいって言ってるんだから、いいか。




「で、どうすればいいかな?」


「そうだな」




 目標がはっきりすれば俺の【ガイド】も動ける。




「薬を作る方と、魔法で回復する方、どっちになりたい?」


「それなら、魔法だね」


「ふむ……。戦う方面は?」


「それは……ちょっと」


「そうか。まぁ、戦闘は俺の領分でいいか。【魔物使い】だしな」


「うんうん」


「じゃあ……とりあえずはこれから……」




 というわけで、選んだのは【回復魔法補正】というスキル。


 回復に関する魔法を使った際、能力上昇の補正がかかるというスキルだ。




「これで、私も回復職?」


「いや」


「え?」




 そんなわけない。




「だって、まだ魔法を持っていないじゃないか」


「え?」


「え?」


「スキルを貰っただけだと、手に入らないの?」


「入らないなぁ」




 魔法はスキルとは違う。


 スキルが個人の持つ能力や特性に名前を与えた存在であるとすれば、魔法は魔力を消費して使用する道具だ。


 手に入れるにはダンジョンなんかで見つかるスクロールから得るか、魔法ギルドで買うか、神に仕えて与えてもらうのを待つか……有名どころだとこんなところになる。




「俺たちだと、買うのが一番の早道だろうな」


「それって……すぐに買える?」


「まだ無理」




 魔法は高い。


 特に冒険者相手に売るような魔法なんて、地球での銃なんかと同じ存在だ。


 しかも銃と違って、一度手に入れてしまえば個人の魔力次第では使い放題になる。銃本体は安いけれど、銃弾が高くて手に入れられないなんていう社会的な操作もできない。


 なので、そんなにお安い値段では売っていない。


 さらに、回復系の魔法はもっと高い。




「なんで⁉ 人を治す良い存在なのに?」


「んん……そっちは既存の人たちの儲けを守るためだな」


「異世界まで世知辛い!」


「みんな生きてるからなぁ」




 すでにスキルを手に入れた後だ。


 失敗したと思って絶望しているセイナの頭を、ペンギンハンドでポンポンする。




「まっ、金で済む問題なんだ。なら、稼げばいいだけだろ?」


「タク君……」


「任せとけ。めっちゃ儲けようぜ」




 な~に、当てはある。


 毒餌作戦はまだ続いているのだ。


 そして今日の活動を開始する。


 まずは下水道に行き、昨日の結果を回収する。




「うひええええええええ」




 下水道に入ると、夜中に感じた手応えの結果が転がっていた。


 ばらまいたグンタイオオアリの幼虫はわずかな体液を残して姿を消し、そして周りにはネズミの死体がこれでもかと転がっている。




「まずはネズミの死体を集めるぞ」


「ええ……」




 昨日の袋を広げてみせると、セイナが絶望した顔で俺を見る。


 討伐証明は尻尾だけでいいのだが、今回はこのネズミの体にも用がある。




「なんで今日はミラちゃんいないのう」


「あいつも、冒険者としての活動があるからな」




 彼女はダンジョンを攻略するタイプの冒険者になりたいらしくて、そのための修行とか仲間集めとかをしないといけない。


 俺たちと出会ったときも、初めてきたこの街で、ダンジョンを体験してみたかったらしい。


 入り口近かったあの場所は、普通なら魔物を駆逐されていて安全なはずなのに、モンスターハウスのトラップを引いてしまうのだから不幸だ。




「ほれ、さっさと集めて地上に上がるぞ」


「うえぇぇぇん」




 泣きながらネズミの死体を集めて地上に戻り、さらに証明部位の尻尾と胴体を分ける。


 尻尾は冒険者ギルドで換金し、そして掲示板で森の魔物駆除の仕事を探す。


 昨日もあったんだけど、残ってたな。




「ゴブリン退治の依頼、発見」




 ゴブリンは人間の生息圏の近くに巣を作りがちだ。


 なぜかといえば、弱いからだ。


 他の野生の魔物たちが生息する魔境という領域では、常に魔物たちが勢力争いをしている。ゴブリンは繁殖力なら他に負けないけれど、そこまで強くないからだいたいは勢力争いに負けて魔境から追い出され、そんなに強い生き物がいない人間の生息圏に隠れ住むようになる。


 もちろん、放っておくと子供や老人、家畜を襲われたり、爆発的に繁殖して村や小さな町を襲ったりなんてことが起きることもあるので、冒険者や衛兵、騎士なんかが見つけた端から駆除している。


 俺が見つけたゴブリン退治の依頼も、いわゆる常設依頼というタイプで、証明部位を持ってくれば依頼札を持っていなくとも換金してく貰える。


 なので、確認したのはついでと念のためだ。




 こうして俺たちは森に行き、【ガイド】の導くままにゴブリンの巣穴近くに移動すると、毒で死んだネズミの入った袋を放り投げてから離れた。


 ゴブリンは繁殖力が強い。


 逆に考えれば、頻繁に勤しんでいるということであり、そして腹ペコであるということだ。


 ゼロから生産はできないからな。


 尻尾なしのネズミの死体が入った袋。


 普通なら怪しむところだろうが、連中は空腹感に負けてか考えなしなのか知らないが、争うようにネズミを喰い、内臓にあった毒餌の残骸にやられて次々と死んでいった。


 とはいえ、さすがに全部を倒しきれなかったので残りは俺が突貫して倒した。




 初めての人型魔物との戦いは、ちょっとした抵抗感があったけどそこまでではなかった。


【衝撃邪眼】で遠距離戦ができたからかもしれない。




 ただ、証明部位の右耳を集めるのはそれなりにエグかった。


 もちろんセイナは泣いていたが、最後までやり切った。


 ゴブリンの巣を一つ潰した報酬は結構よかったので、これで魔法が買える。




「明日は魔法屋に行こう」


「うん!」




 うれしそうなセイナを見ると、頑張った甲斐があったと思う。






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