07 毒餌作戦本番



 さて、倒して終わりというわけじゃない。


 ダンジョンの魔物は倒したら魔石が残って、それを売ったらお金になるけれど、野生の魔物はそういうわけにはいかない。


 生活を脅かす害獣としての退治依頼を受けているので、退治しましたよという証明がいる。


 依頼札にはそこら辺もちゃんと書いてある。


 グンタイオオアリの証明部位は触覚。


 全部巣の中で倒したので、回収できるのも俺だけ。


 ……めっちゃ大変だった。


 ペンギンハンドは人間ほど器用にできてないんだよ。


 でも、やってやったぜ。


 触覚と、次の依頼のための仕込み。それらが詰まったパンパンの布袋二つをなんとか巣から出して、森から出る。




「帰る前に、最後の依頼のための仕込みだ」




 それは、門から街の中に入って、奥まったところにあった。


 下水道入り口。


 管理人に冒険者ギルドから預かった証明書を見せて中に入る。




「ううっ、臭い!」


「すげぇ臭い」




 ミラは入ることすら拒否した。


 セイナは俺の後ろで布袋の一つを抱えて付いてきている。


 依頼を受けたのは自分たちだからという責任感から付いてきた。


 偉い。


 ……まぁ俺も、自分の仕事じゃなかった付いて行かないけどね。




「もうちょっと進んでから……ああ、ここら辺かな」




 石積みの下水道はあちこちに隙間がある。


 その一つに明らかな跡のある個所があったので、ここを目的に定める。




「んじゃ、それの中身をここにぶちまけようか」


「うう……見たくない」




 中身を確認しないまま……だけどある程度の予想は付いている顔で、セイナは袋をひっくり返して中身を出した。


 ゴロゴロと出てきたのは白くて長い楕円形の……グンタイオオアリの幼虫だ。


 死後硬直なのか、くるっと丸まった姿は野球ボールぐらいある。


 それらは全部、俺がしっかりと毒嘴で毒を流し込んで倒している。




「うひぃぃぃぃぃぃっ!」




 ぼとぼとと出て来た幼虫にセイナが生理的嫌悪感全開の顔で悲鳴を上げた。




「あう臭いっ!」




 そして下水の空気を全力で吸い込んで苦しんでいる。




「仕込み完了。結果は明日だ。退避!」


「うう……また来ないといけないの……」




 全てはお金のためだ。


 下水道から出てきた時には日が落ちるぎりぎりで、俺たちはなんとか冒険者ギルドが閉まる前に駆け込み、グンタイオオアリの証明部位と薬草を換金してもらった。


 薬草の報酬は少しだけど、グンタイオオアリの方はいい額になった。


 そりゃあ、巣を一つ潰せばね。


 ギルドの人たちもびっくりしていた。


 ともあれ、昨日よりもリッチな夕食を食べることができた。




「……これだけあったら、下水道の仕事は受けなくてもよかったんじゃあ」




 満足した部屋に戻った後で、そんなことを恨みがましく言ってくる。




「いやいや、これには実験もあるから」




 必要なことだ。




「実験?」


「そうそう……お」


「あっ」




 どうやら、実験の成果が出たようだ。




「なんか……急に強くなった気がする」


「俺もだ」




 いま【毒嘴】が+1になった。


 ちなみに、グンタイオオアリの巣を潰したときに【衝撃邪眼】も+1になった。


 セイナの方は【魔物使い+1】が+2になった。


 後、【成長補正】も+1になった。


 たぶん能力値の方も上がってるだろう。




 スキルの+表記はスキルの成長を示している。


 +数値が高いほど、スキルの能力も上がっているということだ。


 さらに、数値がある程度達したところで、ランクが上のスキルにチェンジする場合もある。


 ただし、【成長補正】の+表記には別の意味合いがある。


 これは後で。




「これ、どういうことなの? なんで急に?」


「下水道の毒餌でネズミどもが死んだんだろ」




 最後に下水道に行ったのは、ネズミ駆除の仕事だった。


 そのために、奴らが食べそうなグンタイオオアリの幼虫の死体に【毒嘴】でたっぷりと毒を仕込んで放置した。


 ネズミたちも最初は警戒していたんだろうが、最後は食欲に負けて食べちゃったわけだ。


 で、死んだ。


 その死んだ結果が、いま俺たちのところにやってきている。




「そういうの、有りなの?」


「有りみたいだな」




 その場にいない毒殺で、どういう因果関係が発生して俺たちの能力に影響を与えるのか。


 その辺りを真面目に考えだすと頭がこんがらがりそうになるが、できてしまうものはしかたがない。


 前に、祖父と親父がその辺りのことを教えてくれた気がするが、理解できなかった。


 とにかく、そういうことということだけは覚えていたのでオーケーだ。


 そもそもそれを言い出したら、【魔物使い】の能力である、従魔の行為で主人が恩恵を得るという因果関係も謎になる。




「さて、それでセイナの【成長補正】なんだけどな」


「うん。なにか、できるよね?」


「ああ」




 セイナも自分の能力のことだから、なんとなく理解できているみたいだ。


【成長補正】はスキル保有者の成長を手助けするスキルだ。


 そして、このスキルが+を得ると、そこの数字の分だけ、スキルを得たり、すでに持っているスキルを成長させたりできる。


 もちろん、獲得できるスキルには制限がある。


 いきなりチートスキルを手に入れるようなことはできない。


 手に入れられるのは一般人が所持できるようなスキルだけだ。


 たぶん、セイナの視界には入手可能なスキルの一覧が表示されているはずだ。




「なにがいいかな?」


「好きにしていいぞ」


「ええ……」




 無責任なわけじゃなく、わからないからだ。


 俺の【ガイド】のスキルは近場の状況には対応できている。


 今日の依頼の片付け方とかな。


 だけど、俺たちの目標である『チートスキルの収集』は長い期間を要する。さすがにそれには対応できない。




「せっかくの異世界だ。楽しむ要素もないとな。好きにやってみな」


「ううん……むむむ」


「まぁ存分に悩め」


「ええ……ほっとかないでよう」


「もう今日は疲れたから寝るんだよ」




 俺はアリの巣の中で大暴れとかしたんだぞ。


 うらぁぁとしがみ付いてくるセイナを放置して、俺は眠りの世界に飛び込んだ。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る