06 異世界観光はできない
本当ならもっとゆったりと、それこそ観光みたいに旅なんかさせて異世界に慣れさせるというのもありだったかもしれない。
だが、できない。
なぜなら、そこまでお金がないから。
「食費と家賃を稼がなければならぬ」
「うん、わかる」
宿の朝食を食べながらセイナが頷いた。
初期装備の中にあった財布から、宿代と夕食代と朝食代を差し引いた時に、現実的な切なさを感じてくれたようだ。
「お金を稼がないとね。でも、なにができるかな?」
「魔物退治をすればいいんじゃないですか?」
隣で同じく朝食を食べているミラがそう言った。
「街の外の魔物の退治とか、ダンジョンの浅い層で魔石集めとか。……あんまりお勧めしないけど、地下水道の害獣退治とか。そちらのタクさん? がいればなんの問題もないと思いますよ」
ミラはなんとなく俺との間に距離がある。
「そんなに強い奴はいないのか?」
「それは……ホッパーコカトリスより強い魔物って野外ではそうそう見ないですよ」
俺が喋るとびくっとするんだよなぁ。
やっぱ、魔物が喋るのは驚くか。
「私、できればもっと平和な仕事がいいんだけどなぁ」
「まぁとりあえず、冒険者ギルドで見てみるか」
セイナのそんな希望は聞かない振りをする。
いや、強くなってもらわないと困るのよ?
そういうわけで冒険者ギルド。
依頼札を眺める。
冒険者は、ギルドにある掲示板に貼られたたくさんの札に書かれた依頼の中から、自分でできる仕事を選んで受けるシステムになっている。
冒険者というか、派遣社員?
ダンジョン探索から開拓から街の雑用までなんでもござれが冒険者ギルドだ。
冒険者=非定住者みたいなものなので、ギルドはそういう連中を、冒険者というカッコイイ肩書でまとめて管理する組織という側面もあるんだろう。
「あ、薬草集めっていうのがあるよ。なんか平和そう! これにしよう!」
「まてまて、こういうのは同時に何個やってもいいもんじゃないのか?」
「え? ええそうですね」
「だよな。それなら……」
俺は【ガイド】のスキルをフル回転させて、ベストな依頼の組み合わせを考える。
このスキルも、そこそこチートじゃないか?
実際の戦闘をしないからいいのか?
ともあれ……。
「なるほど……これだな! セイナ、アレとソレとコレを取れ」
「え? これ?」
「そうそう」
「え? え? いいんですか?」
「いいんだよ」
言われるがままに取るセイナにミラが内容を見て驚いている。
そのまま受付に行って依頼を正式に受ける。
「よし。ミラは今日って暇か?」
「暇というか……治療師の人に今日は戦闘禁止と言われていますし」
外傷なんかは魔法で簡単に治る世界だけれど、休める時はちゃんと休んだ方がいいという考え方らしい。医学的な理由は、一応あるようだ。
「戦闘にはならないと思うけど、こいつに色々教える意味で付いてきてくれると嬉しいんだけど」
「それぐらいなら……」
「ちゃんと、成功報酬から講師代は出すぞ」
「任せてください!」
ミラも財布に余裕はないようだ。
それから俺たちは街を出て、近くの森で薬草を採取する。
「あ、これが依頼の薬草ですよ」
「ほほう、これが」
「葉っぱだけ取るんですよ。茎を残しておくと、すぐに次が生えますから」
「すごいですねぇ」
同年代っぽい二人がきゃっきゃと薬草採取をしている横で、俺は薬草採取用に購入した大袋の一つを持って森の奥へ向かう。
お、いたいた。
【衝撃邪眼】でドン。
木にたむろしていたカラスの親戚みたいな黒い鳥が一度の衝撃でバタバタ落ちてくる。
うん、ちゃんと死んでるな。
それらを嘴でつついてから、大袋に放り込むっていうのを何回か繰り返して、次なる目的地へと移動する。
ズリズリ……。
ううん。
地球のイワトビペンギンよりもやや大きめだし重いんだけど、それでもこの大袋を担げるほどのサイズはないから引きずってしまう。
「とりあえず、この辺りでいいか」
「タク君、なにしてるの?」
「あ、ちょうどいい。これをここにぶちまけてくれ」
「?」
よくわからないまま、俺の袋を受け取って地面に中身を出す。
「うひっ!」
ぞろぞろと出て来たカラスっぽい死体に引きつる。
「タク君……これ?」
「まぁまぁ、このまま離れるぞ」
「なにしてるんですか?」
「ここ以外の場所で薬草採りしてていいぞぅ」
「ううん、見てる」
「え? なんですか?」
気味悪がりながらも気になる様子の二人と一緒に物陰に隠れて様子を見る。
「お、出て来た」
やがて、そいつらが姿を見せた。
「うひぃ……これまた、大きいなぁ」
「グンタイオオアリ。退治の依頼を受けていましたね」
「そうそう」
グンタイオオアリは、一体が小型犬ぐらいのサイズがあるアリの魔物だ。
偵察なのか一体だけだったが、そいつが山盛りになった鳥の死体の周りをうろちょろしている間に、次々と現れて鳥の死体を運んでいく。
「よし、追いかけるぞ」
最後の一羽の死体を運ぶグンタイオオアリの後を追いかける。
そうすることで、奴らの巣を見つけた。
掘り返された土が山になっていて、真ん中部分に穴がありそうだ。
「よし、じゃあ行って来る」
「大丈夫なの?」
「さすがにアリの穴にお前らは無理だろ」
「ですね、さすがに狭いです」
「タク君だけで大丈夫なの?」
「大丈夫だろ」
仕込みもしたしな。
とはいえどうかな?
まだまだスキルの成長が足りないから、保険程度だけどな。
もうちょっと待ってから単身でアリの巣に突撃。
巣穴は、ただ穴を掘っただけというのではなく、通路の壁がコンクリのようなもので固められていた。
【ガイド】が言うにはアリの吐瀉物が反応してできたものであるらしい。
石ぐらいの硬さがあるっぽい。
と、グンタイオオアリに見つかった。
じゃあ後は【衝撃邪眼】でバンバン片付けていくだけだ。
うん、どんどん倒していける。
保険としていたのは、奴らを呼び寄せる時に使った鳥だ。
あの死体を一羽一羽に嘴でつついた。
俺のスキル【毒嘴】を使って、毒を仕込んだのだ。
ただ、アリは、持ち帰った餌をすぐには食べないだろうし、食べやすくしてから幼体に先に上げたりするだろうからあまり効果はないかなとも思っていた。
だが、食べやすくする過程で何体かは口にすることになるだろうから、それでいくらかには毒が効くかなぐらいのものでしかなかった。
というか、今回は、毒餌戦法に効果はあるかの試しでもある。
本番はこの後だ。
そのときのため、俺は【衝撃邪眼】をバンバン使った。
結局、一度も苦労することなくグンタイオオアリの巣を制圧し、女王アリを倒すことに成功した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。