第7話 ぼろぼろの男の子


 その男の子はソファにも掛けず、窓際でただぼんやりと佇んでいた。


 十一歳という年齢の割には小さく、痩せている。

 黒い髪に艶はなく、伸びきった前髪が目元を隠していた。

 青い瞳に生気がないのは、決して瞳の色を変える魔道具のせいじゃないはず。

 薄汚れた服とぼろぼろの靴、体のあちこちにある擦り傷や青あざ。


 自分を殺すかもしれない相手だというのに、その実感がないせいか、憐憫の情や申し訳なさでいっぱいになった。

 私が、あんな設定で小説を書いたせいで……。


 こんな様子でも、違法奴隷の中では扱いはましなほう。

 なぜなら、美しい彼は十三歳になったら性奴隷として売られることになっていたから。

 十歳で母を亡くしてすぐに奴隷商人にかどわかされ、皮肉にもこの国へ連れてこられ、一年間奴隷として生きてきた。

 庶子とはいえ、この国の王の血を継ぐ子が……。

 彼の性格を歪める決定的な原因となった性奴隷は避けられたとはいえ、これで間に合ったと言えるの?


「……どなたですか?」


 まだ声変わりしていない澄んだ声に、はっとする。


「初めまして、私はクリスティナよ。えっと、突然のことで戸惑っていると思うけど……」


「クリスティナ、お嬢様」


「お嬢様はいらないわ。クリスティナって呼ぶか、私のほうが一歳年上だから姉上、お姉さまでもいいわ」


「あね……うえ」


 少し照れた様子で彼が言う。かわいい。

 十一歳といえばそろそろ二次性徴も見られる頃だというのに、ひどく幼く見える。

 栄養が足りていなかったからなのかな。

 でも、七歳まで王宮で育ったせいか、言葉遣いはきれい。

 自分が王子だと知った上で貧民街や奴隷商のもとで暮らすのは、どれほどつらかっただろう。


「そちらへ行ってもいい?」


「……はい」


 ゆっくりと、驚かさないように近づく。

 公爵は扉のところに留まっていた。


「君の名前は?」


「……アレンです」


「これからよろしく、アレン」


 そう言って、私は手を差し出す。

 彼は手を少し上げたけれど、そのまま手を下ろした。


「えっと、いきなり握手は嫌だったかな。ごめんね」


「違うんです。僕の手は、汚いから……」


「汚くなんてないよ」


 そう言って、彼の手をそっと取る。

 たしかに爪の間は真っ黒だし、小さな傷もたくさんある。

 でも苦労をしてきた手だと思いこそすれ、汚いだなんて思わない。


「あらためて、よろしくアレン」


「よろしく、お願いします……」


 そう言った彼が、突然ふらつく。


「大丈夫!?」


「はい。ちょっと頭痛がしただけです」


「疲れてるところ無理させちゃってごめんね。ゆっくり休んで」


「ありがとうございます」


 彼と離れ、公爵のもとへと歩いていく。

 ちらりと彼を振り返ると、痛そうに頭に手をやる彼が何かをつぶやいていた……気がした。

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