第6話 アレンが我が家に来た


 私がアレンのことをしてから、約ひと月。

 昨夜遅く、公爵が「彼の居場所を突き止めた」と出かけていった。

 そして今朝になって公爵帰還の知らせをジェナから聞き、慌てて正面玄関を見下ろせる窓のところまで行く。

 窓の下に見えるのは、馬車から降りた小さな男の子。

 毛布にくるまれた状態で、公爵に付き添われて屋敷の中に入っていった。

 それを見届けた私は急いで自室へと戻り、ソファに掛けて公爵を待つ。

 どれほどの時間を、そわそわしながら待っただろう。ようやく響いたノックの音に、元気よく返事をしてしまった。

 公爵が苦笑しながら部屋に入ってくる。


「お父様、あの子は……?」


「うん、ひとまず無事……といっていいのかな。後遺症が残るような怪我はしていないようだ。ただ、突然のことでひどく怯えている。特に大人の男性を怖がるようだ」


「そうですか……」


 公爵が私の向かいに座る。

 後遺症が残るような怪我は、ということは、それなりに怪我をしているんだろう。

 そして大人の男性を怖がるということは、そういう人たちにひどい目にあわされてきたということ。

 アレンが誰も敵わないほどの魔力を有するのは、まだ先。無力な十一歳の子供にとって、奴隷という立場はどれほど過酷だったことか。


「クリスティナの夢見は本当に見事だ。公式の場で見たことがないから顔までは知らないが、あの赤い瞳、やはり例の王子なのだろうと思う。あの色は王家にしか発現しない。話が漏れては厄介だから、瞳の色を変える魔道具のピアスをさせている」


「そうなのですね」


「少し時間がかかってしまったのは、バーの名前が違っていたからなんだ。クリスティナの言う通りセクトル地区だったが、レンドンという名のバーだった」


「えっ……」


 小説ではたしかにバーの名前を「ゾグラス」と書いたはずなのに、どうして違うんだろう。

 本来の展開よりも早く救い出したから?

 もしかしたらこの後改名したのかもしれない。後ろ暗いことが多々ある店だし、名前を変えたっておかしくない、よね?

 考え込む私を見て、公爵が焦る。


「いや違うんだ、クリスティナの夢見が正確じゃなかったとかクリスティナのせいだとか言っているわけじゃないんだ。ちょうど改名したタイミングだったかもしれないし」


「あ、はい」


「まあともかく。あの子は身元を隠してしばらくうちで預かり、時期を見て王太子殿下に密かに相談しようと思っている。使用人たちには貧民街から身寄りのない子を引き受けて養子にしたと伝えておく」


 貧民街の子を養子にすることは、珍しいけれどあり得ないことではない。

 慈善事業の一環として、または実子の遊び相手として身寄りのない子を引き取る貴族もいる。

 ただし、傍系の子を跡取りとして養子にもらうのとはわけが違う。

 養子と言いつつ正式に籍に入るわけではなく、相続権も一切ない。だから、養子となった子はそれなりの年齢になれば自立しなければならない。

 養子という名を借りた自立支援とも言えるものだった。


「今、あの子は?」


「客間にいるよ」


「会ってみても……いいですか?」


「うーん、そうだなぁ……。君の弟になるのだから顔合わせしておいたほうがいいだろう。ただし、今回は短い時間だけにしておこうね」


「わかりました」


 公爵とともに、客間へと向かう。扉の前につくと同時に、心臓が激しく動き出した。

 この扉の向こうに、クリスティナわたしを殺すかもしれないアレンが。

 どうしよう、ものすごく緊張する。

 ノックの返事を待って、公爵が扉を開けた――。


 

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