第5話 アレンを救い出す


「お父様。私、また夢を見ました」


 崩落の知らせの翌日、私は公爵の執務室を訪れてそう伝えた。

 公爵は、前回のように疑うそぶりは見せない。


「例の夢だね。内容は?」


「それが、大変なんです……」


 そう言って、公爵の横に立つ家令のエディをちらりと見る。

 察しのいい老齢の家令は、「では私はこれで」と執務室から出て行った。

 公爵の勧めでソファに腰掛けると、彼もテーブルをはさんで私の向かいに座った。


「それで、どんな夢だったんだい?」


「お父様。私がこの能力を授かったのは、この事態を解決するためだったのかもしれません」


 あえて少しもったいつけて言う。

 私の話に、より集中させるように。


「というと?」


「その……。王家の血筋の男の子が、今、奴隷として……働かされていると……」


「何!?」


 公爵の大きな声に、わざと怯えた様子を見せる。

 彼がはっとした。


「ああ、すまない。つい驚いてしまったんだ。王家の血筋の男の子というのは……?」


「えっと、私よりも少し年下の……黒髪に暗い赤の瞳の男の子で……」


「赤い瞳……陛下や王太子殿下と同じだ」


 国王、まだ生きてるんだ。

 たしかそろそろ亡くなるはず。

 病死だからこればかりはどうにもならないけど。


「……王家の血筋で、黒髪に赤い瞳のクリスティナより少し下の男の子。まさか……? いや、あの王子は亡くなったと……」


 お父様がしばらく考え込む。

 そう、その子。国王の庶子であるアレンなの、気づいて!


 国王には三人の子がいる。

 亡くなった前王妃との間に生まれた、王太子。

 現王妃との間に生まれた、第二王子ジェラルド。クリスティナわたしが十五歳で婚約する相手。

 そして、元メイドである愛妾との間に生まれたアレン。


 国王はアレンの母を愛しており、アレンのこともかわいがっていたけれど、今から四年前に倒れて半身が動かなくなり、会話すらままならない状態になった。

 それをいいことに、現王妃はアレンの母とアレンが感染病にかかったとし、療養という名目で早々に離宮へと向かわせる。

 つまり、王の愛情を独占していた憎い母子を、適当な理由をつけて王宮から追い出したのだ。

 しかも、二人はその道中で事故死したと発表された。

 王妃が二人を始末したのだと、誰もが思った。けれど、王がほぼ寝たきりという状態で、堂々と王妃に疑いの目を向けることは不可能。

 ましてや、犠牲者は愛妾とその息子。王亡き後どうなるかわからない立場の二人のために、危険を冒してまで真実を追求する者はいなかった。


 そうして二人は死んだものと思われていたが、実際には生きていた。

 あっさり死なせるより生き地獄を味わわせたいという王妃の歪んだ欲望のために、母子は隣国の貧民街に捨てられた。

 王妃の手下に「国内に戻ってきたら殺す」と伝えられた二人は、そこで必死に生きてきて――という設定。


 そして母を亡くしたアレンは、奴隷商人にさらわれて皮肉にもこの国にいる。

 すでに奴隷になってしまって一年が経過してしまっているけど、彼の性格が歪む決定的な出来事はまだ起こってない。

 一刻も早くアレンを救い出さないと。

 

「もしクリスティナの言う男の子があの王子だったとすると……これは大ごとだ」


 たしかに、王妃が捨てた王子を救うというのはかなりのリスクだと思う。

 ソーウェル家は中立派。

 国王や王太子を支持する派閥と、王妃や第二王子を支持する派閥のいずれにも属していない。

 アレンを救い、そのことを知られれば、王妃やそれに追従する勢力を敵に回す可能性もある。

 とはいえ、今救わなくてもいずれ王太子……のちの国王の依頼でアレンを救うことにはなるんだけど。


「……生きているとわかった以上、王子を見捨てるわけにはいかないな……」


 公爵が深くため息をつく。


「クリスティナ。その奴隷商について、何かわかるかい?」


「えーと……たしか、ゾグラスというバーの地下に、違法奴隷商人の根城があると。セクトル地区です」


「わかった、秘密裏に探してみよう」


「はい。よろしくお願いします」


 私は立ち上がり、執務室を後にした。


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