第4話 ごめんなさい


 公爵が私の部屋に駆け込んで来たのは、鉄鉱山封鎖をお願いして十日後のことだった。


「ク、クリスティナ……」


 ソファに腰掛けて読んでいた本をテーブルに置き、そちらに視線を向ける。

 公爵は青ざめた顔をしていた。


「崩落が、起きましたか?」


「……ああ。本当に……本当に、ウィスナの鉄鉱山で崩落が起きた」


「犠牲者は?」


「いなかった。クリスティナのおかげだよ……」


 安堵のため息が漏れる。本当によかった。

 崩落事故で数十人が死ぬという出来事は、もうただの設定じゃない。

 こうしてこの世界に入り込んで生活している以上、ここは「現実」であって、その現実の中で人が死ぬということになる。

 それを避けられて、本当に良かった。


「……クリスティナ」


 公爵が近寄ってきて、隣に腰掛ける。


「なぜわかったんだい?」


 彼の顔は、戸惑いに満ちていた。

 それはそうだろうと思う。


「神様の啓示と言いましたけど、神様に直接お会いしたわけじゃなく、本当は夢でその出来事を見ただけなんです。でも、ただの夢とは思えなくて。その出来事はもうすぐ起こることだって、なんとなくわかったんです」


「まさか、夢見の神託……? もしや……クリスティナは伝説の聖女なのか……!?」


 いいえ作者です。

 うーん、このまま聖女だと思われるのはまずいかもしれない。


「いいえ、ただの予知夢です。王家の歴史の中で、子供のうちにだけ予知能力を持つ人間が何人かいたはずです。私も遠く王家の血を引いていますから」


 建国時に神の祝福を受けたとされる初代国王。

 その血は薄まっていても、王家には特別な能力を持つ子供が生まれることは珍しくない。

 アレンも特別で、魔道具にとって代わられるほど魔法が衰退したこの世界で、先祖返りと言えるほど桁違いの魔力を有している。


「たしかにそういう能力を持つ子が時折生まれるが、予知夢はせいぜい五歳程度で消えるのが普通だ」


 仕方がない。

 ここで必殺ウソ泣き攻撃。

 青い瞳がみるみる潤む様を見て、公爵が焦りを見せた。


「でも、聖女なんてことになったら、私……神殿に入らなくてはならないんでしょう?」


「それは……」


「パパと離れるなんて嫌! 私、聖女なんかじゃない!」


 子供らしい愛らしさとパパ呼び、さらに公爵の胸にすがりつくというコンボで、公爵は陥落した。


「そうだな。私のかわいいクリスティナは、聖女などではない。能力も一時的なものだろう」


「うん……ずっとパパの傍にいたいの……」


「くっ、かわいい……!」


 すがりついたままの私の頭を、公爵が優しく撫でる。


「最近急に大人びた気がして戸惑っていたが、私のクリスティナはまだまだ子供だな」


 どこか安心した様子で、公爵が言う。申し訳なさに、胸が痛んだ。私はクリスティナじゃなく、別人だから……。

 本当のクリスティナの心は、いったいどこに行ってしまったんだろう。


 お父様の本当の娘じゃなくてごめんなさい。

 あと中身アラサーでごめんなさい。

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