第3話 父公爵を動かす
このままいくと、おそらく十八歳でクリスティナ――つまり私は殺される。
弟を嫌っても愛してもほどよい距離感でもダメ。
つまり、弟に対してどう振る舞おうと、結局は私は死ぬ。
そんな小説を書いた罰が当たって、作者なんだから責任をとれと言わんばかりに今こんなことになっているんだろうか。
というか、天音は今、いったいどうなっているんだろう。生きてる? 死んだ? 全然思い出せない……。
でも、嘆いていても悩んでいても仕方がない。
殺されるなんて絶対にごめんだから、今できることをやらなきゃ。
そもそもアレンがそこまで歪んだ人間になった原因は、彼の過去にある。
今私が十二歳になったばかりということは、アレンは十一歳。
完全に間に合ったとは言わないけど、大きく歪む出来事は回避できるはず。
というわけで。
「お父様。私、神様の啓示を受けました」
「……」
執務机の向こうの公爵の手からペンがぽろりと落ちる。
「ど、どうしたんだい、クリスティナ。何か怖い夢でも見たのかな……?」
端正な顔を引きつらせて、公爵が言う。
若いころはさぞモテたであろう金髪碧眼のイケオジ公爵は、亡き妻にそっくりなクリスティナを溺愛していた。
そのため、彼女は少々……いやとってもわがままな性格になってしまったという設定。
まずはこの父に動いてもらう必要がある。
公爵令嬢といえど、子供にできることは少ない。
娘がおかしくなったと思われるリスクを冒してでも、この父に協力してもらう必要がある。
幸い、私はこの物語の作者だ。これから起きる出来事も、ある程度は知っている。
「いいえ、お父様。ただの夢じゃありません。神様が、夢を通じて私に知らせてきたのです。これから大変なことが起こり多くの命が失われる、だからそうならないよう人々を救いなさいと」
「ほ、ほう……。どんな大変なことが?」
「公爵領のウィスナ山地の鉄鉱山。それが近々崩落するそうです」
「ウィスナの鉄鉱山が!?」
これは書き始めたばかりの四回目の人生でちらっと出てきた設定。
クリスティナの十二歳の誕生日直後に起きたこの事故の対応で、公爵はしばらく領地にこもりきりだったため、クリスティナは協力を仰ぐこともできず……というあたりで自作小説は止まっている。
でも設定よりも少し早く四回目の人生をスタートできているから、人的被害だけでも防げるはず。
数十名の領民を死なせないためにも、そして私が死なないためにも、ここが肝心。
「きっと悪い夢でも見たのだろう。そんなことは起こらない。大丈夫だよ」
「いいえ、夢ではありません! お父様、どうかお願いです……どうか……」
瞳を潤ませ、ぽろぽろと涙をこぼすと、公爵が明らかに動揺した様子を見せる。
ウソ泣きが得意でよかったぁ。
「今から半月……半月だけでいいのです。鉄鉱山に人を入れないでください。公爵家の財力なら、採掘を半月止めた程度では痛手にはならないはずです」
「……」
「お父様、私を愛しているなら一度だけわがままを聞いてください。誕生日プレゼントも全部お返しします。かわいいドレスも宝石ももういりません。ですから、どうか……」
半月で崩落事故が起こらなかったもうちょっと延ばしてもらおうと思いつつ、懇願する。
「一度だけというか毎日わがまま……じゃなくて、うーん、困ったな」
「聞いてくださらないなら私はその半月の間、一切食事をしません!」
「そ、そんなことはやめなさい! 体を壊してしまう!」
つーん、と横を向く。
公爵が深いため息をついた。
「わかった……鉱夫たちを半月の間、休ませよう。たしかにその程度のこと、この公爵家にとってどうということはない。給与を払いつつ休暇をとらせれば鉱夫たちも喜ぶだろう」
「ありがとう! パパ大好き!」
「ん? そうかそうか、ハハッ」
公爵がでれでれとした笑みを浮かべる。
彼は溺愛する娘にパパ大好きと言われるとなんでも言うことを聞いてしまう。
親ばか設定ありがとう。
公爵はすぐに伝書鳥を領地に送り、ウィスナの鉄鉱山は一時的に閉鎖された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます