夏は短しコスプレで武装せよ乙女

「わ、」

洗濯物を取り込みながらアリスはレースのTバックを手にして目を丸くした。

「お姉ちゃん、いつの間にこんな下着買ってたの?」

「わーわーわーわー」

姉のイリスは慌てて自分のパンツを妹から取り返した。

「あ、後は私がやっておくから」

「お姉ちゃん、最近デートのときオシャレしてるもんね」

スカートとかも前まではほとんど履かなかったのに。

「……だって、ちょっとでも可愛く思われたいじゃない」

警察官になる前のイリスは父親と一緒に森で狩りをしていて、着る服も実用一辺倒、ベージュの下着に丈夫なスラックスやセーター、ジャケットなどを愛用していた……その印象が強く残っていたアリスにとって、姉の変化は意外だった。

「お兄ちゃ……ギルさんのために? 恋は人を変えるもんだね」

「からかわないでよ、もう」

イリスもイリスで、幼いと思っていた妹がもうこんな話をするような歳になったのかと意外に思っていた。

「ファッションかあ」

服飾に関して、アリスには頼れそうな心当たりがあった……。


 その心当たりはシェーラ・レモンといった。レモン姉妹の部屋では、……怪しげなフィギュアやらデスクトップPC、モデルガンにポスター、ビデオソフトなどが乱雑に並んでいたが……そのシェーラの関心自体もアリスの普段のファッションのコーディネートというより、如何にサブカルに疎いアリスを騙くらかしてコスプレ衣装を着せるかという点にあった。

「では髪型も衣装さ合わせて色々変えていくことにしましょう」

「ヨロシクお願いシマス」

「あと基本的にはアリスちゃんさばウサ耳が似合うと思っているので、これを基本装備とします」

「はあ」

「ウサギは声帯ないから喋っちゃ駄目」

「……(そこでリアリティを追求する? というまなざし)」


【スクール水着】

「まあ、基本ですよね。おらは旧スクより新スクのほうが好き」

「レオタードですか?」

「しかもウサ耳やタイツと合わさればバニーガール風になって効果倍増」

「……デモ、水着じゃ外を出歩けないデスヨ」

「あ、出歩くのスか」

それは想定してなかった。じゃあウサ耳も外します……。ブルマも用意してらったんだげどなぁ。いぢおう着てけね?


【セーラー服】

「普段のアリスちゃんはジャンパースカートだげど、やっぱりセーラーも似合る」

「水兵サン?」

「日本だば男子は詰め襟、女子はセーラーと相場が決まってらのス」

そうナンデスカ?

そうなんです。と言ってシェーラはM3グリースガンのモデルガンを渡した。

「うーん、まさにセーラー服と機関銃」

「これじゃ、本当に水兵サンじゃないデスカ。撃たれマスヨ」

「ちょっと『カ・イ・カ・ン♡』って言ってみでけね?」

アリスはちょっとシェーラに頼んだのを後悔してきた。それでもシェーラはヘルメットと角材を持たせないだけまだ倫理的だと思っていた。本当は『お姉チャンバラ』の咲みたいに日本刀も持ってみてほしかったが、空気を読んだのでやめた。


【チャイナドレス】

「実はアリスちゃんにはチャイナ服が似合うとおらは昔から思ってらったのス」

「そうだったんデスカ、そのようなまなざしで」

髪も二つのお団子にまとめて中華風のシニヨンカバーで覆う。シェーラは幼少期に父親によって返還前の香港に何度か訪れており、そこで日本を含む東アジアの文化に興味を持った。生地の質感に、アリスも満更でもなかったようだ。

「デモ、文化盗用だと怒ラレナイでしょうか?」

「ムズかすー言葉知ってらのスな」

べづに着てー服着りゃ良いと思るけどな。そりゃ、文化の権力勾配を前提にした言い方だぢゃ。と、スコットランド方言でシェーラはそのように言った。

 隣の部屋からレベッカが顔を出しつつ口を挟んだ。

「昔ねぇ、姉っちゃがナチス・ドイツのコスプレして怒られだ事あったっけよ」

「ありゃ、『スターリングラード』でやっでらったから良がべと思っだったのよ。ソ連崩壊直後に東独装備がマーケットさ並んだったべ? あれで一応政治的な配慮をと思ってヨ、あくまで東独軍のテイでコスプレこばしたら、『おめは間違まづがってる』ってミリオタと反ファシズム過激派の両方からぶっ殺されかけた事ァある」

 スワスチカも鷲のマークも使ってねがったのサ。チリ軍だって言い張れば良がったんだべか?

 そういう問題ではなかったのでは……。


【チアガール】

「可愛い女の子さ、こやって『がんばれ♡』って応援されだったらイチコロだべや」

「す、スカートが……チョット、短くないデショウカ?」

「それはアンスコが見られる前提だへで。見せパンてやつよ」

「そのような概念が」

でも確かにお姉ちゃんもギルさんに見られる前提でえっちな下着を買ってるしなぁと、アリスは思った。

「でも、このアンダースコートのフリルはカワイイと思イマス」

「んだべ? 実際アリスちゃんさばロリータ・ファッションのパニエなどでスカートをふんわりさせるのが似合うと思っているのですが、今回はちょっと予算の都合上、用意できませんでした」

「次回があるんデスカ?」


【ミニスカポリス】

「シェーラさん」

「なに?」

「私のお姉ちゃん、警察官ナンデスヨ」

「うん知ってる」

「怒られないデショウカ?」

「なぜ?」

「ナゼ? なぜって……何故でしょう??」

「ちょっと『逮捕しちゃうぞ♡』って言ってみでけね?」

どちらかと言うと、逮捕されるほうかもしれない。


【ダサT&ランニングパンツ&メガネ】

「……似合う!」

アリスは髪を下ろして、日本語が書かれたTシャツと、綿や化繊の部屋着や寝間着風のショートパンツを身に着けていた。

「そうデスカ?」

「アリスちゃんにはメガネが似合う。そう確信しています」

「そっちデスカ」

でもハンナはメガネをかけたアルさんの事が好きだし、肉体的に脳を同じくしているハンナさんのほうも無意識レベルでメガネのことが好きかもしれないなとアリスは打算していた。実際視力は少し弱かったし。

「ちなみにこれ、なんて書いてあるんデショウカ?」

「……『吾輩はネコであるI am a cat』……」

「思ったより普通の言葉デシタ。あ、だからこのダンボール箱に入った猫のキャラクターが居るんデスネ」

「……(まあ、必知事項ニード・トゥ・ノウの原則があるから全部を全部説明しなくてもいいか……という沈黙)」


 まあそのような感じで実用的なものはあまりなかったが、メガネは収穫だと思った。二人はさっそく喫茶店に向かい、「ちりんちりん!」とドアのベルを鳴らした。

「あれ? ……今日はハンナさん、来てないんデスカ?」

暇そうに店内のファミコンで遊んでいた店主のアルは(……メガネ?)と思ったがそれには反応せずに、

「あいつなら今日は風邪で寝込んでるぞ」

「……風邪??」

しまった……看病のためのナース服は用意していなかった! などと、二人は顔を見合わせて思った。ラジオからはフランス・ギャルの『夢見るシャンソン人形』が流れていた……。

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