第28話 捨てられていたヘッドフォン(28日目・ヘッドフォン)


夏の夕方。まだまだ日は長くて暑い。

夏休みだけど、課題やら勉強やら、本読みたさやらで、せっせと図書館に通う日が多い。この日も、友人の満寛みちひろと連れ立って、図書館に行った帰りだった。

満寛はふと、道の端にあるゴミ捨て場の方を見た。僕もつられて、その方を向く。黒いヘッドフォンが、無造作に捨てられている。パッと見は、新品のように綺麗だ。捨てるのがもったいないとさえ思う。それを、満寛はじっと見ている。

「どうしたの?満寛」

僕の声に、満寛は我に返ったように振り向く。

「……いや。何でもない」

後は元の調子で、歩き出す。僕は満寛の背を見た後、もう一度、ヘッドフォンを見る。その側に、ぼんやりとした黒い影が見えた気がした。でも今度は、僕が満寛に名前を呼ばれて慌てて後を追う。もう振り向かなかった。


次の日の昼過ぎ。

満寛からメッセージが届く。今から家に来てほしい、と。見た瞬間、ぞわりと背筋を冷たいものが滑って行くような感覚になった。何故か分からない。でも急いで行った方が良い、そう思った。更にメッセージが届く。インターホンが聞こえないから、着いたら連絡してくれ、と言っている。インターホン、壊れているんだろうか。不思議に思いつつ、僕は家を出た。

満寛の家に着いて、メッセージを送る。玄関のドアは、直ぐ開いた。待ち構えていたように。入って、玄関に立つ満寛を見、全身総毛立つ。満寛は、昨日の帰りにゴミ捨て場で見たヘッドフォンを着けていた。更には、満寛の背後から伸びた手が、外からそのヘッドフォンを押さえつけている。外させまいとしているように。一体どうなっているのか、理解が追いつかない。満寛は汗を浮かべて、無言のまま青い顔で座り込む。僕は慌てて、その身体を支えた。ヘッドフォンからは、唸り声や金切り声などが漏れ聞こえている。僕に聞こえているくらいだから、満寛には爆音だろう。インターホンなど、聞こえる訳がない。ヘッドフォンのコードを辿るが、スマホにもプレーヤーにも繋がっていなかった。僕はスマホのメモに文字を打ち、満寛に見せる。

『僕が話しても聞こえないよね?』

満寛は文字を追い、一つ頷いた。満寛もスマホを持っていて、文字を打つと、僕に見せて来る。

『大勢の声が爆音で聞こえて耳が痛い。ヘッドフォンが取れない』

僕は頷いた。……取れない理由は明白なのだけれど。満寛には、押さえつけている手は見えていないようだ。何かに耐えるように、満寛は目を強く瞑った。僕はヘッドフォンと手へ、目を向ける。怖い。怖いが、そんなことを言っている場合ではない。何の変哲も無いヘッドフォンに見える。白い手は、ヘッドフォンを押さえつけること以外はしてこない。そのまま、満寛の頭の上へ目を向ける。

「あ、」

左右の耳に当てる部分を繫ぐバンド?部分に、小さな古い紙切れが張り付いている。直感でこれだ、と思い、それを剥がす。白い手と、漏れ聞こえていた声が消えた。どさりと、満寛が気を失って僕の方へ倒れてきたのを、受け止める。その拍子に、ヘッドフォンは満寛の耳から外れて転がった。ザーザー、という雑音が聞こえてきたが、それも直ぐ収まった。剥がした紙を、改めて見る。

『聴 解』

とだけ書いてあった。新品のように見える綺麗なヘッドフォンなのに、貼ってあったこの紙の古さが不釣り合いで、僕は身体を震わせる。満寛を部屋に寝かせ、僕は外でヘッドフォンを壊し、あのゴミ捨て場に戻して来た。紙も粉々に千切って捨てる。

満寛の家に戻ると、満寛は目を覚ましていた。

「大丈夫?」

「……ああ。頭がどうにかなりそうだった」

「ヘッドフォン、壊してゴミ捨て場に戻して来たよ」

「そうか。……今朝、あのヘッドフォンが机に置いてあった。そこから覚えてないが、人の声が絶え間なく爆音で聞こえきて外の音が何も聞こえなくなった。ヘッドフォンに気付いた時には、取れなくなってたんだ」

ベッドに起き上がった満寛は、耳を押さえて唸っている。意味不明な音声を爆音で聞かされていたのだから、無理もない。

「ゆっくり休みなよ。落ち着くまで居るし」

「ありがとな。……正直、宗也そうやが来た時ホッとした」

「え?」

満寛は、ぱたりと仰向けになる。そして直ぐに寝入ってしまった。満寛の顔色は、随分良くなっている。僕は息を吐き出し、ようやく肩の力が抜けた。


幸いにも、その後ベッドフォンが戻って来るとか、そういう更に怖いことは起きなかった。









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