第29話 火の玉を見た話(29日目・焦がす)
※宗也視点の話。
夜の十一時くらい。
近所のコンビニに買い物に行った帰り、僕はぶらぶらと歩いていた。夜中なのに、暑さは落ち着かない。空気がぼやけているように感じた。風も生暖かい。街灯があって明るいけど、辺りはしんと静まり返っている。誰も歩いていない。買ったお茶をもう飲みながら、家を目指していた。
歩いていて、いつも通る道だし、いつもはそんなことをしないのに、何となく気になって、住宅街の中の更に暗い路地へ目を向けた。暗闇の向こうで、何かが、ちらちらと照っている。家の明かりだろうか。蝋燭の火のように、不安定に揺らめく明かり。それへ吸い寄せられるように、僕は路地を進んでいた。近付いて、近付いて、明かりの前に辿り着く。一軒の民家の前だった。引き戸の玄関前に揺らめいていた明かりは、火だった。火の玉。何かが燃えていると思ったが、違うみたいだ。ただ球状の火だけが、ふわふわと漂っている。こんなにはっきりと火の玉を見たのは、初めてだ。その家の中は真っ暗で、火の玉があるこの玄関前だけが、ぼんやりと明るい。くるくると回り出した火の玉は、不意に動きを止めたと思うと、真っ直ぐ僕の方へ飛んで来た。
「うわ、」
僕は思わず屈んで、火の玉をかわす。髪が一瞬触れた気がしたけど、大きくぶつかりはせず、火の玉は上へと上がった。僕は立ち上り、それを目で追う。家を見下ろすように空へ少し留まり、くるくると回っていたが、やがて上へ上へと昇って行った。僕は真っ暗な家を見、また夜空を見上げる。ただの星空だった。火はもう見えない。僕は、しばらく空を見上げてから、来た道を引き返した。
翌日。
あの路地の前を通りかかると、お線香の香りがした。喪服の人々が、忙しなく出入りしている。少し中へ進んで、あの奥の一軒家で通夜が執り行われていることを知った。僕は、しばらく玄関先の受付を見つめた後、立ち去った。
火の玉が触れた部分の髪は、しっかり焦げていて、本当に火なんだなと、どうでも良いことを思った。
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