第19話 予言トマト(19日目・トマト)
家の庭に、いつの間にかプランターが置いてあり、トマトが実っていた。まだ青く、収穫には早そうだ。朝、何気なくそのトマトを見ていたら、いくつか実っている内の一つが、風も無いのにこちらを向いた。爺さんのような、知らない顔が浮かんでいる。誰かのいたずらか?よく見ようと近付くと、その顔はニヤッと笑って言葉を放った。
「
「は?」
変な声が出る。顔は消えた。芝?友人の?トマトは、もうただのトマトだった。
「
中からの母の呑気な声で、我に返る。寝ぼけてたのか、俺は。適当に返事を返して、そのまま学校に向かった。
「芝のやつ軽い夏風邪だってよ〜。もうすぐ夏休みなのについてないよなー」
昼休み。
「満寛、どうかした?」
十朱に絡まれてたはずの宗也が、俺を見ている。十朱も。宗也は、こういう時だけ敏い。
「別に」
頭を振って、残りのラーメンを全て腹に収めた。
翌朝。
トマトはまだ青い。近付くと、あの爺さんの顔がこっちを向く。
「十朱は足に怪我」
また。ニヤッと笑う顔が、不快だ。ただのトマトに戻ったものを潰すのも躊躇して、俺は結局そのまま登校する。その日の体育の授業中、十朱は足に打撲の怪我をした。
放課後。
真っ直ぐ帰る気になれず、宗也を捕まえて帰りに喫茶店に寄る。トマトの話をした。二日も寝ぼけてトマトに変な爺さんを見て変な予言をされているなんて、話のネタにして吐き出してしまいたかった。宗也は笑うでもからかうでもなく、メロンソーダを飲みながら話を聞いている。
「気分悪いね。……そのトマト、もう赤い?」
「いや。でもそろそろ赤くなるだろうな」
「そっか」
宗也は何か考えるように空を見ると、スマホとメモ帳を取り出した。スマホを見ながら、何か書いている。書き上がったものを、そのまま渡された。
「何だ?」
「もしまた、変な予言されたら、その文を全部言ってみて」
紙には、文が書いてある。
「これ、吉夢を見るための回文だな」
「うん。寝ぼけてても、一方的に悪いこと言われるの気分悪いでしょ。良いことを被せてみたら」
そう言われると、そんな気もする。
「そうだな」
「あとね、気分悪くするかもしれないけど、そのトマトは食べない方が良いよ」
「安心しろ。最初から食う気は無い」
宗也は、ホッとしたように笑った。
宗也に礼を言って別れた後、家に帰った。
庭のトマトを見に行き、二度見する。夕日を浴びたトマトは、血のようにドロリとした赤色の実になっていた。完熟を通り越し、見ただけでぐずぐずと湿った重みを感じる。茎から落ちそうだ。そのトマトを見ていると、ギュッと音がして、実が俺を見る。おどろおどろしい表情の爺さんが、肉感を持って浮かび上がって来た。
「
嗄れた声が全て告げる前に、俺は声で回文を叩きつける。おぎゃあ、と赤ん坊のような鳴き声を一声上げ、トマトの爺さんは地に落ちた。俺は飛び退いて避ける。ベチャッと嫌な音がした。土に、ぐずぐずの赤い汁が染み込んで行く。屈んで見ると、もう爺さんの顔は無い。ただの、真っ赤に熟れすぎたトマトだったもの。
「あ、」
素早く立ち上がって、また飛び退く。プランターのトマトが全て、ぼとぼとと音を立てて落ちた。全てが真っ赤で、ぐずぐずに半液体のようになっている。そこに帰って来た父が、俺とトマトの成れの果てたちを見て、目を丸くした。説明すると、苦笑いを浮かべる。
「そりゃあ、びっくりしたな。母さんには後で言っておくから大丈夫。満寛に、優しい友達がいて嬉しいよ」
その言葉で、宗也からのメモを握り締めてぐしゃぐしゃにしていたことに気付く。開いてシワを伸ばすと、回文の下に、まだもう一文があったのを初めて見つけた。
『満寛は寝ぼけてても負けないから大丈夫』
「仲良しなんだね」
俺を見ていた父が、にこにこ笑って家の中に入って行く。何か言い返そうとして、結局何も言えず後に続いた。
母は後で、父に、庭の土で野菜を育てるなと言っただろう、と怒られていた。本人は、何で分かったのかしら?と呑気に不思議がっていたので、再犯が有りうる。勘弁してくれ……。
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