第9話 夏祭りの晩の裏拍手(9日目・ぱちぱち)


僕が、小学三年生の時の夏。

地域の神社で、夏祭りがあった。

神社の裏手には小さい山があって、御神体は神社の本殿じゃなくて、その山の頂上にある。そういう神社。

御神体までの道も一応、一般の人が歩けるようになっているけど、あまり整備されてなかった記憶がある。お祭り用の提灯も少なくて、神社に比べると暗い。でも、縁日は神社側にしか出てなかったし、遊ぶのも神社側だったから、気にならなかった。

夜になると、貯水池の管理人をしている柾木まさきさんも来た。柾木さんというのは、僕が小学六年生まで、たくさんお世話になった人である。変なモノを視たり聞いたりする僕を、本当によく助けてくれた。そんな柾木さんは射的が上手く、僕や他の子どもたちに、お菓子やキーホルダーを取ってくれた。僕もお返しに、くじ引きで当てた光る腕輪と鈴が付いた根付をあげた。皆で縁日を一通り楽しみ、食べたい物も食べた後。

境内で、友達数人とかくれんぼが始まった。その夜はみんな浴衣姿だったが、一人見慣れない子がいる。青い浴衣に、ひょっとこのお面を被っていた。同い年くらい。お面を付けてる子なんて、その子以外いなかったから凄く目立った。でも、まあそういうものかって感じでみんなで遊んでた。お祭りでテンションがおかしくなっていたのだ。どこに隠れようかうろうろしてたら、そのひょっとこの子に手を掴まれた。

「隠れるのに良いところが有るから連れてく」

と言って。僕は単純にどんな場所か知りたかったから、その子に着いて行った。そしたら、神社の裏手の山をどんどん登って行く。暗いし人も少ないし、危ないから止めよう、って言っても手を離してくれない。強い力で掴まれて、振りほどくことも出来ない。仕方ないから、引っ張られるまま、着いて行った。お囃子の音も遠くなり、提灯の明かりも減って行く。一人ではないのに、どんどん心細くなっていった。ここは一本道だから、進めば御神体のところしか行くところが無いはずだった。でも、辿り着いたのは、開けた場所ではあるが、御神体も何も無い野原。真っ暗で、空を見上げると満天の星がある。綺麗だった。その野原の真ん中に、老若男女大勢が集まっている。二〜三十人はいただろうか。みんな真っ白な浴衣姿で、青白く光っている。ひょっとこの子は、その集団に向かってずんずん進んで行く。僕は行きたくないと思ったけど、引っ張られて、仕方なく歩いて行った。僕らが近づくと、みんな一斉にこちらを向く。全員同じ表情だった。白目の無い真っ黒な目、口元は笑ってる。彼彼女らは急に、拍手をしだした。手の甲と甲を合わせての、裏拍手。それも、ぱちぱち、なんて可愛いもんじゃない。耳を塞ぎたくなるような音。僕は手を必死で振り解いて、もと来た道を走って引き返した。でも、一本道でそんなに歩いて来た訳じゃないのに、神社に全然戻れない。山道が延々続いている。振り向くと、ひょっとこの子を先頭に、裏拍手をしながら皆で追って来てた。青白く光る彼らが怖くて、木の陰に飛び込んだ。耳を塞いで、強く目を閉じる。帰りたい。怖い。助けて。そんなことを一心に念じてた。

どれくらいそうしてたか分からないけど、不意に耳元で僕の名前を呼ばれた。知ってる声。柾木さんのものだ。恐る恐る目を開けたら、やっぱり柾木さんが居た。手に、僕があげた光る腕輪と根付を持っている。

「もう大丈夫だ。おっかなかったな」

大きな手で頭を撫でられた途端、僕はぼろぼろと泣いてしまった。本当にもう大丈夫だと思えたから。


慣れない下駄で走って足を痛めていた僕を、柾木さんは抱えて山道を下りてくれた。あんなに戻れなかったのに、直ぐにお囃子と提灯が近くなってくる。

柾木さんに、どうしてあそこに居たのか聞いたら、神社の裏山に登って行く僕が見えて、危ないから連れ戻しに来てくれたらしい。山道でも御神体の場所でも僕を見つけられず焦っていたら、腕輪と根付が居場所を教えてくれたとも。僕はひょっとこのお面の子と、裏拍手の集団の話をした。

「裏拍手は手招きだから、捕まってたらあの世に連れて行かれていたかもな」

そう言われて、ゾッとした。柾木さんは少し笑ってたから、半分くらいは冗談だったのかもしれないけど、その時の僕には怖かった。

「……あの人たちは、もう追ってこないですよね?」

柾木さんは、ちらりと山の方を振り向いた。真剣な目が、格好良いとも怖いとも思う。

「大丈夫だろう。ーー追って来ないよ」

僕は長く息を吐き出した。

神社に戻ると、まだお祭りは続いている。僕が離れてから、いくらも経ってなかったみたいだ。けどもう、遊ぶ気にはなれない。一緒に遊んでた子たちは、僕が柾木さんに抱えられてたから散々からかってきた。でもそれ以上に、戻って来れたことが嬉しかった。

親の近くまで送ってもらった別れ際。柾木さんは屈んで、僕と目を合わせる。

「知らないヤツには、ついて行くなよ。宗也は運が良い方ではあるが、いつも俺や誰かが、助けてやれる訳じゃない」

後の言葉はよく分からなかったけど、僕は頷いた。

「ごめんなさい。ありがとうございます」

「宗也が全部悪いわけじゃないんだがな」

少し乱暴に、頭を撫でられる。

「夏祭り、楽しかったぞ。ありがとうな」

光る腕輪を着けたまま、柾木さんは手を振って帰って行った。


「ていうのが、僕の裏拍手の話」

日田技ひたぎってマジのマジなんだなあ……」

「その柾木さん、頼りになるね」

放課後の教室。

僕は、友人の満寛みちひろ十朱とあけしばと、心霊動画を見ながら駄弁っていた。その流れで、十朱に恐怖の実体験は無いのか、と問われ、丁度裏拍手の動画を見ていたからその話をしたのだ。満寛は呆れたような顔で、僕を見ている。

「知らないヤツについて行く癖、未だに治ってないぞ。何とかしろよ」

「ふえっ!?」

怒られるとは思わず、素で変な声が出る。十朱と芝には、爆笑された。














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