第8話 雷雨の図書室(8日目・雷雨)
午後からの雨は、雷雨になった。
放課後、委員会の仕事で図書室にいた
「停電かよ……」
満寛は面倒そうに呟く。司書も今は席を外している。満寛はスマホで照らしながら、近くの棚にある非常用の懐中電灯を出して点けた。心許ないが、スマホの明かりだけよりかはマシである。しばらくすれば戻るだろうと考えて、慌てもせず読書を再開した。しばらく、激しい雨音と雷鳴だけが響いていたが、その中に足音を聞いた。
「あ?」
本棚の奥から、こちらへ向かって来る。図書室には、自分以外誰もいなかったはず。満寛は本を置き、懐中電灯をその足音の方へ向ける。
「……眩しいよ。
「……
満寛は、反射的に立ち上がる。それは、いつかこの図書室で宗也と出会った、何年も前の三年生の亡霊・
「僕、一応先輩なんだけど」
時和は、おどけた調子で言いながら満寛に近付く。満寛は時和を睨みながら、直ぐ様距離を取る。
「あんまり警戒しないで。別にもう、君を取って食おうとか考えてないから」
「何で出て来た」
「真っ暗だから、出やすいだけだよ」
時和は、近くの席に座って満寛に向き合う。外では、雷が鳴っている。電気はまだ、戻りそうに無い。
「座ったら?」
時和の言葉に、満寛は直ぐには動かなかったが、やがて諦めたように椅子に座り直す。
「雷雨、ってうきうきするね」
時和は楽しげに話し掛けるが、満寛は時和を睨んだまま、口を開かない。そんな満寛を見、時和は更に楽しげに目を細める。
「せっかく教えてあげようと思ったのに」
「……何を」
満寛が短く返すと、時和は声を出して笑う。
「こういう暗闇では湧きやすいから。普段は陰に潜んでいるモノとか、ね」
時和の言葉に合わせるように、図書室のあちらこちらで、物音がし始める。本が落ちたのかと、満寛は音の方に光を向けた。
「本が落ちたのかもしれないけどさ。それだけじゃないと思うよ」
今度は、棚の通路の方からパタパタと複数の足音が聞こえる。満寛は一瞬棚の方を見たが、直ぐ時和を睨む。
「何をした」
雷鳴が響き、走る稲光の中に、にんまりと笑う時和の青白い顔が浮かぶ。ぞわりと、満寛の身体中総毛立つ。
「何も。言ったでしょ?暗闇では湧きやすいって」
楽しげに余裕のある時和の声を、満寛は内心苦い思いで聞いている。相手のペースに、この闇に、呑まれそうだと考えてしまう自分が、悔しい。
(せめて、電気が戻れば)
闇が蠢くような気配と数多の物音、時和に対峙し、満寛の背に、知らず冷や汗が流れる。その時。
「満寛!いる?」
乱れた丸い光が、図書室に飛び込んで来る。懐中電灯を手にした
「宗也!」
弾かれたように満寛が立ち上がる。宗也の懐中電灯の明かりが、満寛を照らす。
「大丈夫?」
近付いて来た宗也が、時和に気付く。時和も立ち上がる。
「やあ。
「満寛に、何の用ですか。時和先輩」
満寛の側に近付きながら問う宗也の声は、固い。時和は嬉しそうに答える。
「君はちゃんと、先輩として扱ってくれて嬉しいな。何もしてないよ。教えてあげてただけ。日田技くんは分かってるから、必要ないだろうけど。あれとか、それとか」
時和が何も言わないのに、宗也は足音のする本棚の通路や、光の届かない闇を見据える。
「やっぱり分かるんだね、日田技くん」
「だから、何ですか」
「楽しくなりそうだなって」
宗也が何か言いかけた時、電気が戻って来た。明るくなった室内。雷雨はいつの間にか止んでいた。時和の姿は消え、足音や他の足音も消えている。しばらくの沈黙の後、満寛が口を開く。
「宗也。教室で課題やってたろ」
「もしかして、まだ満寛がいるかな、って思って懐中電灯借りて来てみたんだ。暗いから課題出来ないし」
宗也は息をつくと、笑って満寛へ向き直る。
「停電は困るよね」
「……そうだな」
宗也の笑顔を見、満寛は思い出したように息を吐き出す。それでようやく、安堵した気持ちに気付いた。
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