第7話 七夕奇譚(7日目・ラブレター)
「あ、七夕飾りと短冊」
「七夕か」
「商店街でもそういうイベントあったけど、ここでもあるんだ」
「多いな、短冊」
笹には既に、所狭しと短冊が吊るされている。二人は顔を見合わせると、どちらからともなくペンを取り、願い事を短冊に記して吊るす。
「あれ。織姫の飾りはあるのに、彦星の飾りは無いんだね」
笹を見ていた宗也が、不思議そうに言う。千代紙で作られた紙人形の織姫は、目立つところに飾られている。だが、彦星は見当たらない。
「隠れてるんじゃないか?短冊だらけだし」
満寛の言葉に、宗也は首を傾げながらも頷く。
「それもそうだね」
「もう行こうぜ」
二人は、路地に背を向けて歩き去る。風も無いのに、織姫の紙人形が追うように、くるりと宗也と満寛の方を向いた。
七夕の日。
宗也は満寛から、本やノートを開く度、知らない短冊が挟まれているという話を聞いた。二人しかいない昼休みの教室で、満寛はその短冊たちを広げる。
「『お慕い申しております』とか『逢瀬の時を楽しみにしております』とかそんなことばっかり書いてある。あと、『織姫』って名前も」
宗也はじっと、その短冊を見つめている。
「恋文だね。心当たり無いの?」
「無いな」
にべもなく答える満寛に、宗也はそっかと呟く。
「開く度に挟まってるのは、気持ち悪いね」
「どうやって入れてんだかな」
満寛が適当に開いた教科書から、一枚、薄桃色の短冊が現れた。二人は思わず顔を見合わせる。それには、『星祭りの晩 お迎えに参ります』『織姫』と記されていた。
「星祭り……」
「七夕ってことか」
「……今夜だね」
二人は一瞬、黙り込む。満寛はちらりと宗也を見た後、短冊を睨み、息を吐き出した。
「いたずらだろ。この短冊は後で捨てる。悪かったな、変な話して」
「満寛、」
満寛は教科書を閉じ、短冊をしまう。そのまま飲み物を買いに席を立つ。それを見送り、宗也は満寛の席をじっと見つめて何か考え込んだ後、友人である
放課後。
宗也は、満寛を探していた。いつもなら、一緒に下校出来ても出来なくても話掛けて来る満寛が、今日は宗也に見向きもせず、教室から出て行ったのだ。宗也は昼休みの短冊のことも有り、満寛を追ったが、見失ってしまった。
(嫌な予感がする)
宗也は昇降口の隅で一人立ち尽くしていたが、直ぐに昼休みに感じたことに思いを巡らす。
「やっぱり、本屋の織姫かな」
あの短冊を見せられた瞬間、宗也の脳裏にあの本屋の織姫の飾りが浮かんだ。同時に、本屋の気配も。
(言葉にするなら、本屋の気配、としか言えない。この感覚は、誰にも上手く説明出来ない。僕にだって分からないし……。あの織姫が、満寛を気に入ってしまったんだとしたら?でもそんなの、伝えられない。誰にも。……満寛にも)
分かるからといって、何が出来る訳でもない。今も満寛を見失っている。宗也は頭を一つ振り、沈み過ぎた思考を振り払う。
(しっかりしなきゃ。だから、芝のところに行ったんだから。自分の感覚を信じて)
ポケットを上からそっと押えた後、宗也は駆け出した。本屋へ向かって。
茜と藍が入り混じる空の下、宗也は本屋までやって来た。満寛が一人、ぼんやりした様子で立っている。
「満寛!」
宗也が近付こうとすると、景色が急に変わり、足元に幅の広く浅い川が現れた。青くキラキラと輝くそれは、さながら天の川のようだ。満寛は川の真ん中に立っている。対岸には、羽衣に薄桃色の着物を纏い、青白い光に包まれた女が一人、立っていた。彼女は満寛へ、す、と手を伸ばす。満寛は誘われるように、足を出した。それを見た宗也は、光と水を散らしながら満寛の元へ駆ける。
「満寛は、ダメ」
宗也は満寛の手を掴みながら、ポケットから出したものを女へ投げる。『彦星』と書かれた、真っ白な紙の
「上手く行って良かった……芝にも、後でお礼言わなきゃ」
あの人形は、芝の知識を借りて作ったもの。胸を撫で下ろしていると、満寛が目を開けた。
「……宗也?俺、何でここにいるんだ?」
「これから話すよ」
不思議そうな顔の満寛と、安堵した宗也の頭上には天の川が見え始めていた。
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