第4話 骸骨人魚(4日目・アクアリウム)
宗也は、校外学習で水族館を訪れている。
暗い館内と青の世界は暑い外とは違い、心身を涼しくしてくれる。道に迷って班のメンバーとはぐれた宗也は、一人で回っていた。キラキラと照る水の中、軽やかに泳ぐ魚たちを見ているのは癒やされる。宗也はどの水槽も、ゆっくり見ていた。メインの巨大な水槽まで来て見上げた宗也は、目を丸くした。水の中に、真っ白な人魚らしきモノがいる。らしきモノ、というのは、上半身が真っ白な骸骨で、下半身の魚であろう部分も白い肉と、その肉から骨が半分ほどむき出しになっている状態だからである。透明で羽衣のような鰭は、朽ちて長くたなびいていた。それが一匹、宗也たち客を見下ろすように漂っている。
(綺麗だな……)
衝撃的な光景であることに違いないが、宗也以外の客たちはまるでその骸骨人魚には気付かず、魚たちの感想を述べ合っているばかり。宗也だけが、それに見入っていた。骸の真っ暗な眼孔が、宗也を捉える。骨の手をすいと、上げた。手招きするように。宗也は応えるように、水槽へ近付く。真っ白な人魚を見上げたまま、宗也は水槽にそっと手を触れる。透明度の高いガラスは、水と手の境を淡くした。気付くと、白い人魚は宗也の目の前にいる。宗也の手に骨の手が、ガラス越しに触れかけた時。
「宗也!」
水槽から引き剥がすように、友人の満寛が、宗也の肩を掴む。パッと、宗也は満寛を振り向く。
「探したぞ。スマホのメッセージも見てねぇし。一人になるなって言ったろ。集合場所着けなくなるから」
「ご、ごめん」
満寛が、宗也の向こうの水槽を見て首を傾げる。
「この辺魚いないけど、何見てたんだ?こんな近付いて」
宗也は水槽に目を戻す。骸骨の人魚は変わらずに、居る。
「……人魚がいるんだ」
か細い声で、宗也は呟いた。口をついて出た言葉だった。満寛は目を丸くして、目の前の水槽を見る。だが、ただただ魚たちの青い世界が見えるだけ。
「どんな」
否定も肯定もせず、満寛は宗也に尋ねる。宗也は見えるままに教えた。聞いた後、満寛は水へ、探るような眼差しを向ける。だがやはり、見えない。人魚は真っ暗な目を、変わらず宗也に向けているのだが。宗也は寂しい目で、友人の背を見つめている。満寛はやがて、溜息をついた。
「人魚がいるとして。今授業中だぞ。ずっとここに居る気か?」
宗也は、満寛と人魚を見比べる。満寛は宗也の目線をさり気なく追うが、人魚は見えなかった。そのまま呆れたような顔で、小さく息をつく。
「俺は、宗也が居ないとつまんないけど?」
「……満寛」
その言葉を聞いた瞬間、目覚めたような目で、宗也は満寛を見た。ぼんやりしていた瞳に、光が戻ったようだった。
「ごめん」
「人魚とデートしたいなら休みの日にしろ。もう集合時間だ」
不機嫌そうな顔の満寛は宗也の手首を掴んで、引っ張って行く。宗也は肩越しに水槽を見た。真っ白な人魚は、まだ寂しげに水を揺蕩っている。
(ごめんね。君のところへは行けない)
宗也は声には出さず謝ると、後は満寛を見て、振り向かない。
「行かないよ」
満寛の背に、宗也ははっきりと告げる。満寛は歩きながら、目を丸くして振り向く。
「デートの方。集合場所にはちゃんと行くよ。僕も満寛が居ないとつまんない」
満寛は途端に呆れ顔になった。
「当たり前だろ。つか、そう思ってんならふらふら知らねえヤツについて行こうとしてんじゃねぇよ」
「……ごもっとも」
集合場所に着くまで、満寛は手を離さなかった。
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