Day.15 岬
近ごろ人々の間で〝恋が叶うお呪い〟が流行しているらしい。それ自体は大いに可愛らしくて構わないと思うのだが、一つ面倒な点があった。
〝満月の夜に神社に参拝したあと、岬の先にある灯台まで走った距離次第で恋が叶う〟というのがお呪いの全容だ。これに悩まされているのが神社に祀られている神、つまり俺である。
俺は元々このあたりの住民たちに〝大漁追福〟と〝航海安全〟を願われており、要するに〝恋愛成就〟はどうにか出来る範疇ではない。だというのに、噂が広まるにつれだんだん満月の夜に限らず人がやってくるようになり、一日に聞く願いの量が一年前の同じ日に比べて五倍近く増えた。
特に厄介なのが〝距離次第〟の一言だ。世の中には「上り下りするたびに段数が違う階段」なるものがあるそうだが、神社から灯台までの距離も、願いの強さに応じて時に短く、時に長くなると謳われているらしい。
誰だ、そんなことを言い出したのは。距離なんて単なる錯覚に決まっている。
しかしもっと厄介なのは、願いが叶わなかった場合のことだ。人々は「あの神社ってご利益無いんだねー」と好き勝手に吹聴し、それが広まれば参拝客が減るだろう。神は祈られ願われてこそ存在し得るもので、誰にも祀られなくなった暁には力を失って消えてしまう。そんな同胞たちを何柱も見てきた。
そうなるわけにはいかないのだ。この地の人々の暮らしを支え、本来のご利益を発揮するためにも消えるわけにはいかない。
そう己を奮い立たせて、俺は日々、多くの背中を見送りながら岬までの長さを地味に変えるのだ。
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