Day.14 さやかな

 あれは確か六月に入ってすぐの頃。通っている高校で体育祭が行われた日のことだ。あたしは体を動かすのが得意で、特に足が速かった。幼稚園児の頃から速さを競う系で一位以外になった記憶は無いし、自治体で開催されるスポーツ大会のリレー部門に何度か選出されたこともある。

 そんなわけで、体育祭でも百メートルリレーに参加した。狙うは一位ただ一つ、余念は無い。

 だったはずだけれど。

 ゴールまであと少しのところで、あたしは地面にキスしていた。足がもつれて転んだのである。

 なにが起こったのか、しばらく分からなかった。視界いっぱいに広がるのはグラウンドの土で、うっかり戸惑いの声を上げたはずみにそれが唇についたらしく、口の中がじゃりじゃりする。

「大丈夫?」と声をかけてきたのは、同じクラスの女子だった。オタクっぽい雰囲気が苦手で話したことも無い子なのに、誰よりも早くあたしを起こして、肩を支えながらゴールまで導いてくれた。

 あの日からどういうわけか、どこにいてもその子の存在を感じるようになった。どんなに周りが騒がしくてもあの子の声はくっきり聞こえるし、どれだけ人が多くてごみごみしていても自然とあの子を見つけてしまう。他の人に比べて、あの子だけ光って見えるというか。

「それって恋じゃね?」あたしの話を聞いた友だちはそう揶揄ったあとに、こう続けた。「でも変なの。ウチのクラスにそんな子いたっけ?」

 友だちが言うには、あたしはリレーで転んだ時に一人で立ち上がってふらふらゴールしたらしい。

 あなたはいったい何者なの。騒がしい教室の片隅で読書に励む背中に、また目が引き寄せられる。

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