Day.11 錬金術
オレの先輩は料理が下手くそだ。なんでも強火で作るのは序の口で、調味料は目分量、しかもドバッと入れるから薄味だった試しがない。完成品はだいたい黒ずんだ物体になり果てている。
そんな先輩から「お菓子作ってみた」と小さな包みを渡された時には、中身を見る前から食べない言い訳を何通りも考えた。この人が作ったお菓子なんて、嫌な想像しか思い浮かばない。
しかし確認すらせず受け取りを拒否すれば、いくら精神が頑強な先輩でも傷つくだろう。オレは恐る恐る包みを開けて、おや、と目を瞬いた。
普通のチョコチップクッキーだ。形に多少バラつきはあるけれど、変な香りもしないし変色もしていない。奇跡の代物が五個ほど入っていた。
口に運べば、バターの風味とチョコのほろ苦さが舌に広がる。酸っぱさやエグみがどこにもない。
いつこんなに料理の腕を上げたのか。驚くオレに、先輩は「ふふん」と胸を張ってタネを明かす。
なんとオレの妹が料理の先生らしい。妹は喫茶店でアルバイトしていて調理スキルが高く、先輩はたまにオレの家に遊びに来るから、そこで接点を持ったのだろう。オレをびっくりさせるため、秘密の料理特訓を行っていたようだ。
あんなに上達しなかった先輩が成長するなんて、妹には礼を言わなければならない。と思った矢先。
「『実験とか錬金術だと思えば楽しいですよ』って言われてね。失敗と成功をくり返して学ぶのが大事なんだって。これからも色々試してみるよ!」
前言撤回。この様子では炭どころか、ファンタジーの錬金術師みたく生命をも作りかねない。
先輩に妙な自信をつけさせた妹に感謝と怒りを覚えつつ、オレは頭を抱えるしかなかった。
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