Day.10 散った
昼間は多くの参拝客でにぎわう神社も、陽が落ちれば静まり返る。虫の声と木の葉が風で擦れる音が参道を通り抜ける中、私は凝り固まった肩をほぐしながら拝殿から社務所へと進んでいた。
この地に祀られた神である以上、参拝者の願いや祈りを聞くのは私の責務である。しかし休みなく耳を傾け続けるのはかなり疲れるもので、誰もいない夜くらいはのんびり過ごしたい。
まあ、実際はそうもいかないが。
私は社務所わきの絵馬掛け所に足を向けた。毎晩ここに訪れて、参拝客がしたためた願いを確認するのが日課なのだ。
絵馬は基本的に毎日増える。今日も例外ではなく、合格祈願に恋愛成就、世界平和など、多種多様な願いが新たに掛かっていた。一つとして同じ筆跡は無く、書き方も簡潔だったり事細かだったりと千差万別だ。個性や性格が垣間見えて面白いし、どのような人物が筆を取ったのか想像を巡らせるのが楽しい。
確認を続ける最中、ある絵馬を摘まむと同時に馬のいななきが響いた。もしやと絵馬をひっくり返せば、表面の「開運招福」の文字の横で墨色の馬が猛々しく前脚を上げている。
次の瞬間、それはぬるりと絵馬から抜け出し、境内を駆け回って苦しそうに鳴く。最後は力なく脚を止めて、はらりと花が散るように姿が崩れた。
可哀そうに。ここに書かれた願いは叶うことなく散ってしまった。馬の勢いが衰えずに鳥居をくぐっていれば、成就の証だったのだけれど。
叶えてやれなくてすまないね、と私は参拝客に謝って、絵馬の確認を続けた。どうか一頭でも多く神社の外へ旅立って行けるようにと祈りながら。
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