Day.6 呼吸

 呼吸というのは人体にとって有害な行為なのではないか。俺がそう思うようになったのは、世界各地で未知のウイルスが猛威を振るい、感染者が次々に命を落としていたのがきっかけだった。

 酸素を取り込んで二酸化炭素を吐き出す。誰しも無意識のうちに行っている、生きていくために必要な呼吸ではあるが、冷静に考えれば恐ろしい。

 空気中を漂っているのは酸素だけではない。目に視えない病原菌や、人体に悪影響を及ぼすなんらかの物質だとかも含まれているのだ。

 そう思った途端、日々を生きるのが苦しくなった。息なんてまともに出来ず、友人たちには白い目を向けられる。なぜ疑問を持たないのかと問うても、馬鹿馬鹿しいと一蹴されるだけだった。

 呼吸をしなければ死んでしまうが、別に死にたいわけではない。呼吸をせずに生きたいのだ。俺は暗い部屋の中でひたすらネットに潜り、そんな方法を記したサイトが無いか探したが無駄だった。

 だったら、俺の手で見つけるしかない。呼吸などしなくても生命は維持できると証明して、大々的に発表するのだ。世界は俺の発見を讃え、ウイルスに苦しめられる人も減るに違いない。

 さっそく実験の材料探しを始めた。呼吸の有無が人間にもたらす影響を知りたいのだから、ネズミや猿を用意するのでは駄目だ。俺は多少非合法な手段も使いつつ、一ヶ月ほどかけて老若男女を百人近く揃えることに成功した。

 廃病院を活用した実験室に、被験体がずらりと並ぶ。なんとも圧巻の光景だ。

 一秒も無駄に出来ない。早く実験を始めなければ。道の先にある理想の未来に向け、俺は今、一歩を踏み出した。

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