Day.2 喫茶店
とある駅の近くに、特別な喫茶店があるらしい。
その店に辿り着くのは容易ではないそうだ。日付や時間、駅からの歩数など、全ての条件を満たした場合にのみ、店は姿を現すという。
俺が噂を聞いたのは今から二十年前だ。職場の後輩が酒の席で語っていて、誰が最初に辿り着くか勝負する流れになった。しかし条件探しが面倒になって次々に脱落し、残ったのは俺だけである。
一口飲めば日々の疲れが吹き飛び、二口目で悩みを忘れ、三口目には幸福感に包まれる――店で提供されるのはそんな珈琲で、無類の珈琲好きを自称する身としてぜひ味わってみたかったのだ。そのためにどれだけの時間を費やし、あらゆる選択肢を試しては潰して来たことか。諦めかけた時もあったけれど、努力は報われるもので。
何度か通って見慣れた路地、しかし初めて見る建物と扉が今、目の前にある。
見た目は小ぢんまりとした一軒家だ。外壁が見えないほど蔦に覆われて古めかしく、窓からこぼれる明かりは温かみがあって妙に落ち着く。ふわりと香る苦みは間違いなく珈琲のそれだ。
ここを開ければ至高の珈琲を味わえる。胸の高鳴りが抑えられず、興奮のままに扉を開け――愕然とした。
なにもない。足を踏み出した途端に全てが消え、俺は雑草が生い茂る空き地に立っていた。
なぜだ、確かに店があったはずなのに。困惑する俺の頬に、ぽたり、と冷たい水が伝う。雨だ。さっきまで晴れ渡っていた空は重い雲に覆われ、無数の雫が地面を濡らしていく。
まさか〝気候〟も条件の一つなのか。俺の腹の底からの絶叫は、篠突く雨と雷鳴にかき消された。
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