恐怖の焼きサバ定食

鮫鶲

第1話

 昼食。お腹を満たす至福の時間。この時間が嫌いな人間は、まずいない。

 私は食事が大好きだが、何を隠そう料理が苦手だ。だが、待てども料理は出て来ない。だから、覚悟を決めた。苦手を克服し、料理を好きになることを。

 私は、ご飯を炊き、主菜の調理準備を始めていた。冷蔵庫をから材料を取り出す。本日の主役はサバである。……50%OFFのシールが貼っていることは内緒だ。ネットで調理方法は調べた。準備は万端だ。

「フフフ。サバよ。私の美味しい昼食となるのだ」

 私の戦いが始るのだ。ここから。

『チッチッチ。ボッ』コンロに火を灯す。まるで、炎を操る魔法使いになった気分だ。炎がフライパンを熱する。垂らした油が、熱によりサラサラになった。

「フフフ。サバよ。覚悟の準備は出来ているか?」

 白いトレーからサバを取り出し、フライパンに投入。ジューと焼ける音がした。サバの周りから、プクプクと気泡が上がる。ジッと見つめていると、みるみる気泡の量が減っていった。箸でひっくり返すと丁度よい焦げ目が付いていた。サバを皿に盛り、ご飯と味噌汁も用意する。

「フフフ。サバよ。なぁんて、美味しそうな仕上がりなんだ」

サバ定食は完成した。だが、重大なやらかしに当時の私は、気づいていなかった。そう、下処理の重要性に気付いていなかったのだ。

 手と手を合わせ、食材に祈りを捧げる。食事前の大切な儀式だ。

「いただきます」

すっと、箸をサバに伸ばし、食べやすい様に身をほぐす。白い身が輝いた。ほぐした身をひとつかみ。口に運んだ。

 口に運んだ白い身から駆け巡ったのは旨味でなく、生臭さだった。原因は明白。サバの旨味成分『トリメチルアミンオキサイド』が、鮮度が落ちると共に分解され『トリメチルアミン』になったことが原因だ。そんな生臭さを抑え、旨味をストレートに感じるためには、『振り塩』、『酒に浸す』、お湯に浸す『霜降り』など、適切な下処理をする必要がある。その手間暇を掛けることで、サバの旨味は、ハードパンチャーの如く、舌の味覚受容体を殴り抜く。結果、脳を揺らすのだ。これが、旨味。

 私は、買ったサバを思い出した。50%OFF。普通の商品よりも明らかに鮮度が落ちているから、下処理が絶対に必要だった。ただ、それだけの話だ。

「なぁんで、下処理をしなかったのぉ。アホの私ぃぃ!」

下処理をサボった私にキレつつ、次はもっと美味しく作ろう。そう心に決めたのだった。

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恐怖の焼きサバ定食 鮫鶲 @koya023

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