第161話 下層階での悲劇 ★爺や SIDE

 熊のいた狩場から50階まで降りて来たワシらの目に飛び込んで来たのは、何とも言えない悲惨な現場であった。腕が千切れ、脚を喰われた騎士が複数いるが、それを守る騎士に疲れが出ておった。


 この状態で声を掛けると注意力が散漫になってしまい、怪我の元になりやすい。リオも理解しているのか、自身に隠密魔法を掛けておった。サイラスにひっそりと話し掛け、サイラスにも隠密魔法を掛けてやった様だ。リューは元影だからな。リオが隠密魔法を掛けたタイミングで己にもかけておった。さすがはエリートだな。


 ワシとリオは『賢者』じゃからの。隠密魔法を掛けていても、護衛の2人は見えておるから近くへ寄って指示を出す側じゃな。リオは既に2人に指示を出し、奥側の魔物を倒しに向かった。強い魔物が奥に複数いたからじゃろう。リオは教えておらんのに、どの魔物が強いか分かる様じゃな。


 奥から魔物が殲滅され、この階の魔物は一旦は居なくなったと言える。時間が経つと湧いてしまうから、急いで治療と救護をしなければならん。ワシが姿を現すと、リオ達も隠密魔法を解いた。


「サイラス、騎士様達への指示は任せるわ。爺や、治療しましょう」


「はっ!」


 ワシは頷き、怪我の具合が酷い者から治療を始めた。そこに偉そうな若造がドカドカと進み出て来た。そしてワシとリオに目を向けると、リオに向かって偉そうに怒鳴り始めた。


「おい、お前!俺は貴族の騎士だぞ!俺を優先して治すのが当然だろ!鈍臭い小娘が!早くしろ!」


 おっと、サイラスとリューがその貴族の息の根を止めてしまいそうな剣幕けんまくでそちらに向かって行ったな。ワシの出る幕は無さそうじゃが、遠くから聞き耳だけでも立てておくかのぉ。


「おい、貴様!大聖女様に何と言った!?頭を下げろ!」


「リオ様、大変申し訳ありませんでした。我々がついておりながら、こんな……」


 騎士に指示を出していたサイラスと、重傷者と軽傷者を分けて治療する順番を伝えていたリューが慌てて飛んで来て、貴族の騎士との間に割って入った。さすがに護衛の2人も、まさか騎士の中にリオに対して失礼な物言いをする者がいるとは思わなかったのだろう。


「リュー、大丈夫よ。サイラスもありがとう、大丈夫だから落ち着いて、ね?」


 リオが落ち着いた声で2人をさとす。そして失礼な発言をした貴族の騎士に視線を移した。


「貴族の騎士様、ごめんなさいね?怪我の酷い者から治療するのが治癒魔法を使えるの者の使命なの。せめて手足を無くしてしまった者達から治療させてくださいな」


「黙れ!小娘が!大聖女だぁ?父上が、聖女なんて飾りで力など無いと言ってたぞ!民の血税で良い暮らしをしてる税金泥棒が!恥を知れ!」


 リオの頬がピクピクッと動いたか……?さすがは王太子妃候補なだけあって、笑顔はかろうじて保っておるのぉ。リオがイライラしてるのは身内であるワシらになら分かる程度だが、おおやけの場でここまでリオを怒らせた人間を初めて見たわい。まぁ、まだワシが出る幕は無いな。ワシには認識阻害の魔法も掛けてあるから、ワシをワシだと分かっているのは共に狩りに来た3人だけじゃからな。


「おい、黙れと言っている。私は近衛騎士のサイラス。騎士としてお前より上の階級の者だと分かるよな?」


「はっ!第二王子の近衛騎士をクビになったオッサンだろ?貴様なんぞ怖くも無い!父上に言って、カミル殿下の近衛も辞めさせてやろうか!どうせカミル殿下もお飾りだろう?そんなヤツの近衛なんてしてないで、民の為に泥だらけになって働けや」


 あぁ…………3人とも今ので完全にキレたのでは無いかのぉ?リオは頑張って我慢しておったが、カミルの事までお飾りだと言ったからの。カミルの懸命な努力を知っているリオは許せないじゃろうし、その言動はバッチリ不敬罪じゃしのぉ。引っ捕らえるか……その前に他の者を治療せねば。


「あ、あの、ありがとうございます!お、俺の腕が!また騎士が続けられる……本当に、本当にありがとうございました!」


 ワシに無くなった腕を生やされた騎士が、絶望の最中から復活して興奮して騒ぎ出した。腕を無くした事で、貴族の騎士が騒いでいても見向きもしなかった様じゃな。まぁ、自分の腕が無くなったのを目の当たりにしたのじゃから当たり前かのぉ。ふむ、仕方ないから認識阻害の魔法も解くかのぉ。ワシが出て行かねば、誰かがキレそうじゃからな。


「折角腕が治ったのじゃ。これからも家族の為、国の為に頑張って働くのじゃぞ」


 ワシが治療した騎士は目をまん丸にして、驚いておる。これが驚いた顔のお手本じゃと言っても過言では無いくらい驚いてくれて、ワシは嬉しいぞ。


「け、『賢者様』?!そ、そうですよね、腕を生やせる治癒魔法を使えるのは『賢者様』だからこそですよね!あぁ、本当にありがとうございます!俺の様な平民出身の騎士まで貴重な治癒魔法で治して頂き、感謝致します!!」


 両手を祈るように胸の前で組んだ騎士は、薄っすら涙を浮かべた瞳でワシを見つめて拝みよった。ワシは神では無いから「ありがとう」の一言で良いのじゃがのぉ。


「な、な、なんだと!?賢者様だと?何故賢者様がこんな所にいらっしゃるのだ。そうだ、その爺さんは偽物に違いない!偽物に決まっている!」


『ゴンっ!!!』


「グエッ!な、何をする!」


 拳骨げんこつを喰らわされ、ギロっと睨まれた貴族の騎士はさすがに大人しくなるかと期待したが言い訳を始め、また大きな声でわめいている。


「そ、総長!?あ、あの、これは、その……こ、この者達が犯罪者で!」


「うわ〜不敬も不敬〜。エドワード、しょっ引いても良いよね〜?」


 いつの間にやら戻っていらしたソラ殿がエドワードにお伺いを立てている。恐らく陛下の下でこの度の指揮をっていた総長であるエドワードを、現場に連れて行って欲しいと陛下に頼まれ、ついでじゃからと連れて戻って来たのだろう。


「ソラ殿がそう仰るのであれば、その様に致しましょう。サイラス、此奴こやつはどうせ邪魔になるだろうから、先に捕らえて地下にでも入れておけ」


「はっ!」


 余計な事は何も言わずテキパキと行動するサイラスは仕事の出来る男に間違い無いのぉ。貴族の騎士はまだデカい声で騒いでおる。リオの視界に入れたく無いから早く消えて欲しいのじゃが……


「何をする!お前ごときが触るな!」


「え?お前如き?サイラスはデュークの従兄弟の子って言って無かった?こちらの方はそんなに素晴らしい家の御出身でいらっしゃるの?」


 リオが驚いた顔でサイラスに尋ねた。まぁ、賢いリオには分かってるハズじゃからワザと大袈裟に尋ねたのじゃな。自分の専属騎士であるサイラスを馬鹿にされて腹が立ったのじゃろう。リオは本当に優しい娘じゃからのぉ。己の事をののしられても、一切反論せんのにな。


「はぁ?デューク?アレは魔導師団の団長だろ?ただの平民から汚い手を使ってのし上がって来たと父上が言ってたぞ。お前、無能だなー!まぁ、顔は良いようだな?俺のめかけにしてやっても良いぞ?」


 此奴、阿保なのか?無能過ぎるじゃろう。何なら不敬って言葉すら知らんのではないか?さすがのワシも隠密魔法を掛けて背後に周り、首を刎ねてやりたくなったが、すかさずソラ殿が突っ込みを入れてくれた。


「馬鹿なの〜?それとも死にたいの〜?」


「はぁ?猫のくせに偉そうに喋ってるんじゃねーよ!」


 ソラ殿を殴ろうとした貴族騎士が体を振ろうとしたが、此奴の事はサイラスがガッチリと捕まえているからソラ殿の方向へは1ミリたりとも進めず。全くと言って良いほどビクともせんかったからか、貴族の坊ちゃんはサイラスにちょっとビビっとるな?


「やだ怖い!こんなに小さくて可愛い猫ちゃんに暴力を振るおうとなさったわ。ソラ、危ないからこちらにいらっしゃい?爺や、こちらの方、私の大事なカミルの事も酷い事を仰っていたわ。私の可愛いソラにも罵詈雑言ばりぞうごんを……グスッ、酷いわ……」


 リオは絶対に人前では泣かんからのぉ……これが嘘泣きだと分かっていても、この男へ対する怒りが湧く。リオに治療して貰った者達はリオに恩を感じ、怒りが抑えられなかった様だ。


「やめろ!ベンジャミン!こちらのお方は間違い無く大聖女様で、こちらの方はどう見ても『賢者様』だろうが!傷を癒してもらった礼を述べるならまだしも、俺たちにする様にけなして良い方々では無いんだぞ!」


「なんて事……!貴方達はこの方に貶されていたの?酷いわね……誰も文句を言わないのですか?」


「大聖女様、階級差別は仕方のない事なのです。平民の騎士より、貴族の騎士の方が顔も見栄えも良いですしね」


 苦笑いしながら、ヘラっと笑って見せた平民の騎士は、次の瞬間には一変し、膝をついてリオに心からの感謝を述べた。


「『賢者様』に治療していただいたあの騎士も言っていたと思いますが、我々の様な平民出身の騎士にまで治癒魔法を使ってくださり、本当にありがとうございました!我々の様な平民出身の騎士は、家族の為にも働けなくなってしまうのは困るのです。それに手足が無ければ生きて行くだけでも迷惑を掛ける事になるでしょう。本当に感謝してもし切れません」


 深々と頭を下げる騎士に倣って、リオとワシに治療された騎士達が一斉に頭を下げて「ありがとうございました!」と声を揃えた。


「私には治癒力があるから治しただけですわ。何事も適材適所と言うでしょう?貴方方あなたがたがこれからも国と家族や仲間を守ってくださる事を期待しておりますし、体を張って戦ってくださる事、とても有り難く思っておりますわ」


 フワッと笑うリオは……恐らくリズじゃな?側近として1番近くにいる公爵令嬢リズの言動を日々観察してコピーしたのじゃろう。器用な娘じゃな……ちと恐ろしいが、完璧な対応じゃった。


「全員治療は終わってるな?サイラスは外にいる部下に其奴そやつを渡して地下牢へ入れる様に伝えて来てくれ。他の者は52階に向かう」


 治療が終わり、お礼を延べた騎士達を次の任務へ向かわせる為に声を発したエドワードへ、皆が直ぐに視線を向けた。人を動かす声であるとリオが気が付いたのじゃろう、首をコテンと倒してからソラ殿とワシに視線を向けた。


「リオ〜、オイラもそうだと思うよ〜。それで、52階にはリオも行くの〜?王様からは『もう勝手に行ってるんだろう?お伺いは形だけなのだろう?寂しいから遊びに来てくれるなら許すって、必ずちゃんと伝えておくれ?』って言われたよ〜」


「ふふっ、陛下ったら私の事を良くお分かりね。ソラ、許可を取って来てくれてありがとう。それじゃ、怪我人もいると思われるから私達も急ぎ行きましょうか」


「お待ちください、大聖女様」


 行く手を遮ったのはエドワードじゃった。此奴も聖女様呼びするのか……何だかイメージが違うんじゃが。声のトーンも低く、見た目も渋くいかついオッサンが、大聖女様って呼んでおるんじゃからな。ワシとギルの前でソラ殿を『猫ちゃん』と呼んだ時より衝撃は少なかったが、聞いたら振り返って確認したくなるレベルかのぉ。


「あ、えっと、初めまして。私はリオ=カミキと申します。どうぞお見知り置きくださいませ」


 リオも少し違和感があったのか、いつもより少し早口で簡単な自己紹介をしておるのぉ。あ、ワシが紹介した方が良かったかのぉ?まぁ、連れて来たのがソラ殿だから問題無いかも知れんがな。


「あ、いえ、その、そうなのですが…………そうですね、挨拶が先でしょう。私は騎士団と魔導師団を纏める総長を務めております、エドワード=ロドリゲスと申します。この度は騎士達……特殊部隊の者達を救ってくださり、感謝致します」


 エドワードが口籠るのを初めて見たのぉ。150歳を超えても衰えない剣技が素晴らしく、人を導く声を持つ男じゃ。かなり珍しいスキルじゃから、リオも初めて見たのじゃろう。


「そして、大聖女様には私の指導不足で不快な思いをさせてしまった事、心からお詫び申し上げます」


 深々と頭を下げるエドワードに、リオは微笑みつつ優しい声を掛ける。


「総長様が悪い訳ではございませんし、あの方は誰が何と言おうとも変わらないでしょう。これまでの苦労をお察し致しますわ」


 恐らく同情されたのは初めてだったのじゃろうエドワードは、笑うのを必死で堪えているのが肩の揺れで分かった。リューなんて後ろを向いて必死に口を押さえ、腹を抱えて耐えているのぉ。ソラ殿は堂々と転げ回って笑っておった。


「ククッ、そ、そうですか。陛下の許可もある様ですし、下へ参りましょう。あぁ、私の事はエドワードで構いません。長くて呼びにくければ『エド』と」


「はい、エド様。私の事もどうぞリオとお呼びくださいね。早速下へ参りましょう」


「あ、いえ、どうか呼び捨てでお願いします、リオ様」


 エドワードを笑わせたのじゃから、リオは聖女としてだけで無く、2人の会話を聞いていた者達の心までも掴んだじゃろう。まぁ、エドワードが居なくても数十人の怪我をサクッと治療した時点で、リオ信者は一気に増えたじゃろうがのぉ。ただ、エドワードに愛称を許された上に呼び捨てでとわれたなんて噂が流れたら……『氷の総長』の氷が崩れる女子おなごとしても有名になりそうじゃがのぉ?ホッホッホ。

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