第107話 カミルと精霊 ★カミル SIDE

 ジャンの呼び掛けによって、テオドールと数人の魔導師が集まってくれたようだ。こちらはデュークがいるので、結界については話し合いやすいだろう。


「お久しぶりです、聖女様。先日はありがとうございました」


「いえいえ。無茶振りしてごめんなさいね?」


「とんでもございません。またご一緒させていただけるようで、ありがたく存じます」


「もう少し砕けた話し方が嬉しいわ?」


「し、しかし……我々では守り切れなかったこの国を助けてくださった恩人様に敬意を……」


「良いのよ、大丈夫だから、ね?とっても背中がムズ痒くなるのよ」


「そ、そうですか?では、敬語ぐらいで良いですか?」


「もっと砕けてくれて良いんだけど……」


「リオ、さすがに隣国の王太子妃になる人物にタメ語は無理だと思うよ?」


「あ、そうね?敬語ぐらいが妥協点かしらね?」


 テオドール殿が僕にとても感謝しているのが分かった。リオは身分差を嫌うけど、宮廷勤めには難しい話だからね。


「さて、次回は来月の2日、その次は8日らしいんだけど、今回もリオの上級魔法をメインに進めていいのかな?」


「上級……?あぁ、そうですね。上級魔法をメインで、我々の結界も前回よりは丈夫になっていると思いますので……」


「リオ~?上級がメインだったんだよね?」


「えぇ、そうよ?9割は上級だったわよね?テオドール様?」


「聖女様、私の事はテオとお呼びください。聖女様の言う通り、9割は上級魔法でした」


「残りの1割は?」


「ちょ、ちょっとだけ超級が放たれていた様な気が?」


「使っちゃ駄目って言われてたのを、使った後に途中で思い出したパターンだね?」


「なんでわかったの!?」


「リオ~……」


 なぜかソラにまで呆れた声と、ジトっとした目で見られてしまったわね。仕方ないじゃない、嘘はつきたくないもの。


「まぁ、使っちゃったものは仕方ないしね。リオのそんな素直な所も好きだから、今回は見逃してあげるよ。帝国の魔導師団の皆さんには、リオが『上級魔法』で殲滅したって事にして貰えるかな?」


「勿論構いませんが、どうしてですか?」


「僕と結婚した後ならどうにでもなるんだけどね。今目立つのは避けたいんだよ」


「あぁ、なるほど。溺愛なさってるとお聞きしておりましたが、間違いなかったようですね」


「まぁね。リオより素敵な女性が現れる事は無いと思っているからね」


「か、カミル!人前では恥ずかしいから!っていうか、私の前で言わないで良いじゃない!」


「ふふっ、照れてるリオも可愛いよ」


「カミル~、早く終わらせてくれる~?友達と遊びたいんだけど~」


「ソラ!そうだね、早く終わらせようね」


 苦笑いにながら、テオドールに視線を向ける。彼は小さく頷いてから説明を始めてくれた。


「今回の結界は前回と同じ人数ですが、結界の精度は上がっておりますので、上級を100発ぐらいなら余裕で耐えられると思われます。あ、その、超級は無しで?」


「えぇ、私も上級の威力が随分と上がってるから、上級オンリーで問題ないと思うわ」


「上級だけなら、我々だけでも倒せます!」


 威勢の良い魔導師が話しに割り込んで来た。貴族じゃないのか?貴族なら、王族の前では発言の許可が必要になる事ぐらい知っているだろう。僕はその魔導師を軽く睨み、苛立ちを隠さなかった。


「何故、皆でこの女を称えるのですか?聖女様?黒髪なんて、まるで魔女じゃないか!」


 リオの悪口を言うとは許せないな。だが、ここは隣国。少し様子を見てから、最終的な判断はジャンに任せるべきだろう。


「ほぉ?帝国の人間だけでは殲滅出来ないからとリオが手伝う事になったはずなのだが?」


「手伝いなど要らないと言ってるのです!我らが国は我々が守る!」


 この魔導師は無視して、この場で一番偉いはずの皇太子であるジャンに顔を向けた。


「ジャン、僕達は一旦下がるよ?そちらで話し合ってから呼んでおくれ?散歩でもしてるからね」


 ジャンは絶句して固まっていたが、ガバッと頭を下げた。


「も、申し訳ありませんでした、カミル殿下、聖女様!」


「何故皇太子殿下が謝るのですか!そんな魔女の……」


「黙れ!無礼者が!おい、引っ捕えろ!」


 ジャンの近衛騎士が、口の減らない魔導師を素早く取り押さえた。


「な、なぜ!?私は悪くない!」


 苛立つ魔導師は今にも暴れ出しそうだ。


「あれ?ねぇソラ、感じない?」


「リオ、オイラも同じ事思った~。しっかり感じたよ~」


「リオ?ソラ?」


「カミル、彼を抑えつけたままで試したい事があるんだけど」


 今回の何かに関係しているのだろう。僕はひとつ頷いてデュークに目配せする。


「リオは近づき過ぎないでね?デューク、動かない様にガッチリ目にね」


「かしこまりました」


 ジャンの近衛騎士がデュークと位置を変わる。デュークは魔導師のはずなのに、ジャンの近衛騎士よりガッチリしてるのは何故なのだろうね?


「皇太子殿下、彼を実験台にするお許しを貰えますか?」


「聖女様、私の事はジャンと呼んでください。えっと、実験台ですか?死にませんよね?」


「えぇ、死にはしないわ。人が変わっちゃうかもしれないけどね?」


「まぁ、厳罰に処する事は間違いないので、これを罰としましょうか」


「あはは~、これは罰じゃなくて救済なのにね~」


 救済?ソラはリオが彼を助けると言っている様だね。


「ソラ、少し離れていてね?また襲われるかも知れないわ」


「は~い。頑張ってね~」


 リオは彼から2mぐらい離れた所で膝をつき、祈りの姿勢になった。リオが光ってる?美しい白くキラキラした光が、目の前の魔導師を包む。魔導師からどす黒い煙……これがリオ達の言っていた『黒いモヤ』か!リオが祈る事で、魔導師と『黒いモヤ』が分離しているように見えた。


「な、なんだこれは……」


「これがフェレットの子を消滅させ、ペガサスの子を苦しめた『黒いモヤ』だよ……まさかニンゲンまで取り込むとは思わなかったけどね~」


「えぇ?精霊が消滅した理由は分かったけど、まさかジャンがおかしかったのも、現時点で皇帝がおかしいのも、このモヤのせいなのかい?」


「そうだね~。たった今、その線が強くなったよね~。リオがニンゲンの纏っているモヤを祓ったからね……」


 なるほど、まぁ想定内だが……『黒いモヤ』を祓えるのがリオだけってのは困ったなぁ。防御膜で自衛も出来るし、王国の人間はそこまで問題無さそうなんだよね。


「デューク、彼は気を失っているから、あまり締め過ぎないようにね?リオを悪く言われたから頭に来てるんだろうけど、程々にね」


「御意……」


 リオが頑張って祈ったお陰で、分離した『黒いモヤ』も消滅したようだ。後は、この魔導師が起きたら話を聞くだけだね。


「カミル、ちょっとお散歩してきましょう?彼が目覚めるには時間が掛かると思うわ」


「分離するのに時間が掛かったもんね~。魂と分離するのは大変だったでしょ~?大丈夫~?」


「えぇ、大丈夫よソラ。体から分離するのは簡単なんだけどね……さすがに魂まで染まってると厳しいわね」


「謎が深まるばかりだね……ジャンは王国に来るだけで良かったのに」


「カミル~、もしかしたらだけど、リオの近くに長くいたからとか~?」


「あー……」


 その可能性は高いね。リオの周りは何かしら起こるのがデフォルトだって事は理解してるからね……


「カミル、散歩しながら考えましょう?」


「そうだね。ジャン、少し席を外すよ」


「かしこまりました。魔導師が目を覚ましましたら、ドリーから連絡させます」


「あぁ、よろしくね」


 ⭐︎⭐︎⭐︎


「さて、やっとソラの友達に会いに行けるね。リオ、もっと僕に寄りかかって良いよ」


 リオは祈る事で、大量の魔力を使ったのだろう、いつもよりグッタリしている様に見えた。少し休暇した方が良いのだろうが、やるべき事が多過ぎて、ゆっくりしてられないのが辛いね。王国に戻ったら、ゆっくり休ませてあげたいと思った。


「ありがとう、カミル。助かるわ」


「カミル、あの先にいるよ~。えっと~、ニンゲンでいう幼馴染ってやつだよ~」


「へぇ!ソラの幼馴染に会えるなんて楽しみね」


「僕も楽しみだよ。精霊に会えるなんて、リオに出会うまでは思ってもいなかったしね。そもそも、帝国にこんなにしょっちゅう来る事になるとも思ってなかったよね」


「私はソラが転移魔法で移動させてくれるから、異国って感じがあまりしないのよね」


「確かにそうだね。僕は過去に訪れているから帝国だって分かるだけだろうね」


「あ、いた~。こっちだよ~」


 ソラが声を上げると、白い雲がフワフワと向かって来た。そういえば、ソラも最初は雲の姿だったよね。そんなに昔でもないのに懐かしいなぁ。その間に色々あったからね……


「ごきげんよう、ソラのお友達。私はリオよ」


「お姉ちゃん、こんにちは!そっちのお兄ちゃんもこんにちは!」


「こんにちは、精霊さん。僕はカミルだよ。よろしくね」


 フワッと暖かい風が下から吹き抜けた。ソラが言っていたフワッとするから分かるってヤツかな?僕とこの精霊は相性が良いって事なんだろうね。


「うん、よろしくね!カミル?呪文分かる?」


 呪文?あぁ、古文で書いてあったあれかな?


「『神々に愛されし少女は、空の青さと白さに輝く』」


 ブワ――――ッ!と目の前が光輝いて、白い雲の精霊もキラキラと輝いた。


「ねぇ、カミルが好きな動物はなぁに~?」


「う~ん、キツネかな?」


「えっと、その動物のイメージを頭に思い浮かべて~?」


 あ、キツネを知らなかったのかな?フォックスって言えば分かった?言われた通り、僕の思うキツネをイメージする。


「じゃ~ん!合ってる~?」


 リオとソラが固まってる?リオ達もキツネを初めて見たのかな?


「わぁ〜!カッコ良いね〜。とっても素敵だよ〜」


 キツネの姿をした精霊はクルクル回りながら姿を確認していた。このキツネの姿を喜んでくれている様だね。


「わ~い。それじゃあカミル、ボクに名前つけて~」


「ん~、そうだなぁ。えっと、イナリ?」


「わぁ~!それは駄目だよ~!」


「ヤバイわね……何の因縁かしら……」


 リオとソラが何故か慌ててるね?イナリって名前は他にいたんだろうから、違うのにした方が良いのかな?


「え?えっと、じゃあ……うどん?」


「えぇ……?何故に食べ物?」


「あれ?うどんって何だっけ?」


「そう言われるとそうね、日本食の一種なんだけど、何故カミルが知ってるのかしら……?」


「ふぅ〜ん?ねぇ、カミル〜。それで良いの〜?」


「え?いや、ちょっと待ってくれるかな?うどんも何となく強そうな名前だけど、もう少しカッコ良い名前を考えたいんだ」


「分かった〜!決まったら教えてね〜」


 さて、何にしようかな?この精霊は姿はキツネ、色は白に近いグレーだね。ほぼ白と言って良いだろうけど、どちらかと言えば僕と同じ銀色にも見えるね。ギンとかありきたりかなぁ?うーん……


「そうだ、シルビーとかどうだろうか?」


「わぁ〜!カッコ良いね〜!」


「まぁ!素敵な名前ね!」


「カミル〜、ボクの名前が決まったら名付けて〜」


「君の名前は『シルビー』だよ」


 パァ――――っとシルビーの輝きが増して、スゥーっとシルビーの中へ吸い込まれて行く。


「契約終了だよ〜!これからよろしくね、カミル〜」


「こちらこそよろしくね、シルビー」


「カミル〜、シルビーに少しだけ魔力をあげて〜?」


「ん?これで良いかい?」


 僕は両手を揃えて自分の魔力を溜めた。シルビーは僕の掌に顔を突っ込んで、魔力を食べてるのかな?尻尾をフリフリしながら喜んでるみたいで、とっても可愛い。


「プハァ〜!カミルの魔力、美味しいね〜。ご馳走様でした。またご飯、ちょうだいね〜」


「お腹が空いたら声を掛けてくれると助かるよ。僕と同じタイミングでご飯なら忘れないんだけどね」


「精霊はのんびりしてるからね〜。食べる事を忘れて遊んでたりするよ〜。だから、帰って来なくても心配しなくて大丈夫だからね〜」


「ソラはいつも私の近くにいてくれるけど、他の子達は違うの?」


「ん〜とねぇ〜、精霊の自由?一緒に居たい時は近くに居るよ〜。眠い時は勝手に寝てるでしょ〜?」


「あぁ、なるほどね。あくまで行動も精霊なのね」


「うん。そう思ってた方が楽だよ〜。急に居なくなっても慌てたりしなくても大丈夫だからね〜」


「真面目な人間ほど付き合うのは大変そうね……」


「リオは精霊と気が合いそうだよね〜。リオって人や精霊の事を、否定する所を見た事が無いしね〜?」


「そう?気にした事が無いわね?人は人、自分は自分で良いとは思うけど」


「あぁ、なるほど……それは分かるかも。その人はそういう人だって思って付き合うから否定する必要が無いんだよね」


「そうそう。まぁ、どうでも良いとも言うけどね……」


「あ〜、リオもカミルも精霊の考えに近いものはあるね〜。精霊は気にしないし、直ぐに忘れるってのもあるけどね〜」


「近いけど同じでは無いって感じかしら……」


「ふふっ、そうだね。完全に精霊のレベルと一緒では、間違い無く一国いっこくの王太子は務まらないだろうね」


「「確かに……」」


 新しく相棒になってくれたシルビーを腕に抱いて撫でつつ、ゆっくり振り返る。

 

「まだ目を覚さないのかなぁ?彼の身元も調べた方が良さそうだよね」


「ねぇ、カミル。最近、何だか変だなぁって思う事があるんだけど、答えが出ない事ばかりなのよね」


「例えば?」


「今日もあったわね……えっと、魔道具が『黒いモヤ』を出してたでしょ?だから精霊達は苦しんだのよね?であればあの魔導師は?あの魔導師も魔道具を持っていたのかしら?とか……」


「本当だね……『黒いモヤ』を祓えた事で安心してしまったから、そこまで深く考えなかった……のか?」


「カミル、一旦王国へ帰った方が良いのではないかしら?普段のカミルなら見落とさないわ」


「もしかして、少しおかしかった?」


「えぇ……言葉が疲れてる時の対応になってたわ」


「えー?僕って疲れると言葉が変わる?」


「身内が分かるレベルよ。キースなら即突っ込むでしょうけどね」


「そうだね〜。オイラもちょっと思った〜」


「ソラに分かるレベルか……」


「シルビー、カミルを連れて……あ、行った事無いわよね?ソラ、お願いしても良い?」


「デュークは置いて行くの〜?」


「リオの護衛にデュークを使ってくれるかい?」


「じゃあ、先にリオをデュークに預けて来る〜」


「ありがとう、ソラ。シルビーは王国の場所を覚えてね。次回はシルビーに連れて行って貰いたいな」


「分かったよ、カミル〜!ボク、頑張って覚えるからね〜」


「じゃあ、また後でね」


「リオ、気を付けて」


 ソラはリオをデュークの元へ届けてからすぐに戻って来た。僕はソラの転移魔法でシルビーと一緒に王国へ帰ったのだった。

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