第100話 聖女、怒りの猫パンチ! ★リオ SIDE

 フッと目が覚めたので周りを見渡すと、私は婆やの隣で横になっていた。今は明け方かしら?少し外が明るくなって来ているわね。


 婆やを起こさない様に、静かに部屋を出る。私と婆やが寝ていたのは、精霊王の契約者だったコテツさんの私室だ。折角早起きしたので、亜空間に保存する為のおにぎりを大量に作るわよ!


 これから先、何があるか分からないし。ダンジョンに行ったらご飯も必要だしね?時間がある時にやるべき事は済ませておくと、後々楽なのよね。日本食の材料は私の亜空間にしまってあるし、早速米を炊く準備を始めましょう。


「おはよ~、リオ~!こんなに早くからご飯作るの~?」


「おはよう、ソラ。せっかくだからあちらに帰る前に、非常食を沢山作っておこうと思ってね。亜空間に入れておけば冷めないから、炊き立ての状態でいつも食べられるなんて最高よね!」


「リオってそんなにいっぱい食べていないイメージだったけどなぁ~?やっぱり、生まれた国のご飯はいっぱい食べれるの~?」


「ん~、どうかしら?お米は毎日食べてたから、確かにそれはあるのかもね?自分では気づかないだけなのかも」


「ふ~ん。あ、水色のペガサスの契約者が分かったよ~。ペガサスを送って行きたいんでしょ〜?オイラは会わせたくないけど、リオに任せるよ~」


「え?珍しいわね、ソラが嫌うなんて。契約者は誰だったの?」


「隣国の皇太子~」


「あぁ、なるほどね。ソラ的にはとても悪い人だったの?」


 私にも精霊で『イタズラ』して来た人だから、ソラが警戒してるのは仕方のない事なのかも知れないわね。


「カミルが呼び捨てにするぐらい仲良くなってたから、根本的には悪い人じゃないとは思うけど~」


「ふふっ、ソラちゃんは自分がいない時に、リオちゃんが『イタズラ』されたのが気に入らないんじゃないの?」


 急に後ろから、楽しそうな婆やの声が聞こえた。


「あら、婆や?おはよう。もう起きたの?」


「リオちゃん、ソラちゃん、おはよう。おいしい匂いに釣られて起きちゃったわぁ」


「ふふっ、ちゃんと婆やの分もあるわよ。いつもおいしいご飯を作ってくれてたから、今日は私が腕を振るうわね!」


「嬉しいわぁ。それにしても、そんなにたくさん作るのぉ?」


「あぁ、これは何かあった時に食べるための非常食も一緒に作ってるのよ。亜空間があると便利よね」


「何かあると思っているのぉ?」


 婆やが少し眉を下げて心配する素振りを見せたので、慌てて訂正する。


「ううん。この案件が片付いたら、ダンジョンにでも行こうと思ってるから、お弁当代わりにもなるかなぁって」


「あら、そうなの?素材でも集めるのかしらぁ?」


「うん、そうなのよ。動く魔物相手には、双剣もそこまで使った事が無いし、色々と丁度良いかなって思ってね」


「そうなのねぇ。気を付けていってらっしゃいねぇ」


「ふふっ、まだ帝国の問題が解決してないから当分先になるかもしれないけどね。お弁当作りは時間がある時にやっておいたら便利かなぁって思っただけなのよ」


「リオ~、話し逸れた~」


「あら、ごめんなさいね。ソラは彼が精霊に『イタズラ』をさせた事に怒っているの?それとも、フェレットちゃんを助けられなかった事に苛立っているの?もっと早くに気付いていたらって思ったのでしょう?」


「うん……リオには敵わないね~。確かに、リオや公爵に怪我させた事も気に入らなかったけど……オイラ、仲間を助けてあげられなかったのが悔しいし、とても悲しいと思うんだ~……」


 その気持ちはとても良く分かる。知らなかったとは言え、守るべき者のいる立場であるからには、守りたかったと思うだろう。


「そうね、私も悲しいわ。目の前に居たのに助けてあげられなかったのもあって、ちょっとショックが大きかったわよね。でもね、フェレットちゃんのお陰で色んな事が解明出来て、そのお陰で助かった命もあるわ。そして、これからはもっと沢山の命を助けられる事になる。前を向いて、守れる命を助ける事に集中するのも大事だと思うの」


「うん、そうだね〜、リオ。フェレットの子がくれた情報のお陰でペガサスの子は助かったんだもんね。オイラが『黒いモヤ』に飲み込まれそうになった事も教えてくれたり、とっても活躍してくれたもんね」


「えぇ、とっても活躍してくれたわ!フェレットちゃんは私達のヒーローよ」


「うん、分かってるよ~。ペガサスの子を皇太子に返しに行こうか~」


 辛いけど、納得しなければならない事は、ソラも理解してるのよね。精霊の王子として、今後は犠牲が出ない様にしたいだろうから、私も精一杯手伝うつもりだ。


「あぁ、待って。私は黒猫の姿になるから、そのまま連れてってね」


「えぇ~?何故~?」


「皇太子はペガサスちゃんを守れなかったんでしょう?対応が私の時みたいに酷かったら、猫パンチをお見舞いするわ!」


「ふふふ、そうだねリオ。それが良いと思うよ~」


 ⭐︎⭐︎⭐︎


「ペガサスちゃん、もう大丈夫?」


「はい、聖女様。本当にありがとうございました。今回の事、王様に全部聞きました。正直に言うと、聖女様に『イタズラ』した事も覚えていないんです……」


 やっぱり精霊は正直で優しい子ばかりよね。こんなに可愛い子達を傷付けている者達を許せない。


「やっぱりそうなのね。ペガサスちゃんは悪くないわ。魔道具で操られていただけだもの。私の事は気にしないでね」


「あぁ、聖女様!ありがとうございます!」


「じゃあ、そろそろ帝国に行こうか~。リオは準備万端だね~ふふふ」


 私は既に、黒猫の姿に変身してフワフワと浮いている。擬態魔法にも随分慣れて来たわね。


「えぇ、勿論よ!ペガサスちゃんの為にも頑張るわ!」


「よ、よろしくお願いします?」


 何故かペガサスちゃんには疑問形で答えられてしまったけど、悪い事したならガツンと叱らないとね!


 ⭐︎⭐︎⭐︎


 転移したのは皇太子の執務室っぽいわね?金髪のあの男が皇太子だったかしら?イタズラされた時は顔を見ない様にしていたし、一度しか会ってないから容姿なんて忘れちゃったわよ……


「誰だ?」


「ジャン、帰って来たよ~」


「ドリー!大変な目に遭ったんだって?もう体は大丈夫なのか?」


「うん!聖女様と王様達が甲斐甲斐しくお世話してくれたの。消滅寸前だったから、回復に時間が掛かったのは仕方ないって慰めてもくれたんだよ~」


「そうか、帰って来てくれて本当に良かった……ごめんな、大事な時に傍にいてあげられなくて」


「ううん。ジャンはやるべき事が見つかったんでしょう?王様が、皇太子は忙しくなるから支えてあげなさいって言ってたよ~」


「精霊の情報網は凄いよな。俺も負けないように頑張るよ。力を貸してくれるか?」


「うん!勿論だよジャン!助けてくれた人達の為にも、一生懸命頑張ろうね~」


「あぁ。それで、そちらは……精霊の王子様と、黒猫?」


 私はフワ~ッと皇太子の目の前まで飛んで行き、いきなり猫パンチを皇子のほっぺたにお見舞いしてやった。期待していたパチンという音はせず、ペタッというか、プニッという音の方が近かったけどね……

 

「黒猫の精霊よ、怒っているのか?悪かったな。俺のせいでドリーや仲間が苦しんでる事に怒っているんだろう?カミル殿下に防御膜の魔道具も借りて来たし、もう大丈夫だ。必ず俺がお前達精霊も、帝国の国民達も守ってみせる」


「そう。その言葉、信じてあげるわ」


「えっ?その声は……」


 皇太子が目をまん丸くして、私を見つめて来る。顔が近くて怖いわよ!と思っていたら、扉がバン!といきなり開いた。


「大変です!教会に大量の魔物が発生しました!」


 いきなり飛び込んで来た騎士に驚きながらも、教会に行って皆を助けなければと皇太子を振り返った。


「すぐに教会に向かう。姉上に連絡は行っているな?剣を持て!近衛騎士は俺に続け!」


「「「はっ!」」」


「数はどれぐらいいるのか把握できているのか?」


「それが、10万を最終的に超えるのでは?と思われる量が、湧き出ているのです」


「湧き出て?何も無い場所からか?」


「それってスタンピードじゃないかしら?」


「なんだ?この黒猫……精霊か。浮いているしな……」


「この馬鹿!申し訳ありません、聖女様。私の部下が失礼を……」


「構わないわ。それよりも魔物を殲滅させる方が優先でしょう。皇太子殿下、ちょっと相談があるので防音膜を張ってもよろしいかしら?」


「あ、はい。勿論です」


 私は当然、無詠唱で防音膜を張った。周りの騎士たちはあんぐりと口を開けたまま固まっている。


「あぁ、カミル殿下が仰っていた意味が分かりました……最強の婚約者様ですね」


「そんな事より、スタンピードと同じであれば、10万から50万匹の魔物が現れるわよ。それと、これは精霊王から聞いた話なんだけど、どうやら人間を魔物にする魔道具が帝国にあるらしいのよ。それを見つけて処分したいわ」


「なっ!なんですって!?人間を魔物に?」


「帝国では、行方不明者が沢山出たような報告はなかったの?」


「それが、帝国はまともに機能していないのです。姉上が一生懸命精霊と情報を集めてくださっていたのですが、姉上の精霊が儚くなってしまって……俺のドリーもやっと帰って来てくれたけど、教会には近寄らせたくないし……」


「お姉様はお辛い中で頑張ってくださっているのね。私達も出来る事をやりましょう」


「はい!ですが、聖女様は教会までいらっしゃるのは危険なのでは……」


「お気遣いありがとう。でも心配は要らないわ。王国のスタンピードも2回は経験してるし、2回目はほぼ私一人で殲滅したから。問題があるとすれば……」


「あ、カミル皇子に聞きました。魔物が逃げられない様に防御壁で囲んだのですよね?」


「えぇ。湧いている場所が分かっているのであれば、そこを中心に防御壁で教会の外へ出ない様にしてくれたら私が殲滅するわ。近衛騎士達を、撃ち漏らしの魔物に対処する様に指示して貰える?」


「か、かしこまりました。すぐに魔導師と騎士たちに伝えます」


 私は防音膜を解除して、フワフワと教会へ移動する事となったのだった。

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