第99話 姉弟の愛情 ★ジャン SIDE

帝国の城の近くにある教会の周りを、毎日の様に歩き回っている女性が一人。アンタレス帝国の王女であり、皇太子の姉である彼女は、フェレットの契約精霊が消滅したことは何となく理解していた。しかし、自身の目で確認するまでは諦めたく無いという気持ちが徘徊という行動を起こしているのだろう。


 一旦帝国へ帰って来た俺は、姉を探していた。周りの者達に聞いてもらちが明かない。これを普通だと思っていたとは……少し動きが鈍くなっている精霊が、俺を皇太子と理解して近寄って来る。


「ドリーの契約者だ〜。ドリー何処〜?遊びたいのに居ないの寂しい」


「あぁ、悪いな。今体調が悪くて精霊の国に帰ってるらしいんだ。君は俺の姉上を知っているか?居る場所も分かるとありがたいのだが……」


「お姉ちゃん?教会にいたよ〜。でも、教会はおかしいって王子様が言ってたから、近づかない方が良いよ〜」


 教会に近づかないようにちゃんと精霊たちに教えてくれている人物がいるのか!ありがたい事だな。だが、王子?この国の王子は俺だけなのだが?

 

「王子様?」


「精霊の王様の子供で、今は『ソラ』って名前を貰って、白猫の姿をしているの〜。キラキラ真っ白の猫だから、直ぐに分かるね〜」


 なんと……カミル殿下の婚約者様の契約精霊が、精霊王の子?マジかよ……って、俺なんかが関わって良いのか?


「ソラ殿は王子だったのか……精霊の王族?」


「うん、そうだよ〜」


「情報を色々とありがとう。助かったよ」


「どういたしまして〜」


 これでソラ殿が精霊の王子で、精霊達が教会に近づかない様に言ってくれているのだと分かったな。精霊の王子としての仕事なのだろう。のんびりしている精霊ですら働いていると言うのに俺は……いや、後悔するのは今じゃ無い。先ずは姉上を探そう。


 情報にあった教会へ向かう。王国でも教会の事は言っていたから、間違い無く何かあるのだろう。かなり近くまで近寄って見て、異変を感じたら城に戻ろう。先ずは自分を守れなければ、民など守れないとカミル殿下に教わったからな。自己犠牲など王族には意味が無いと。


「あ!姉上!」


「ジャン?え?本当にジャンなの?」


 姉上は目を丸くして、俺の方へ駆け寄って来てくれた。近づくにつれて、姉上の目の下には隈がハッキリと見えた。グッと申し訳なさが込み上げて来る。


「はい、姉上……今まで申し訳ありませんでした」


 俺は深々と頭を下げる。俺がもっとしっかりしていれば、フェレットも消滅せずに済んだのにと、後悔してもしきれない。


「ジャン、貴方はわたくしの事を理不尽に嫌っていたはずなのに謝るなんて……まさか、本当に正常に戻ったの?」


「はい、今は正常だと思われます。王国へ行って、カミル殿下に色々と助けて頂き、何とか正常なまま帝国へ戻る事が出来ました」


「まぁ!そうなのね、それは良かったわ」


 姉上は昔と変わらぬ温かな笑顔で、フワッと微笑んでくれた。姉の向けてくれる優しさに、申し訳無くて泣きそうになってしまう。


「いえ!俺がもっと早くに帝国の異常に気が付いていれば、姉上のっ……守れたのに……」


「あぁ……やっぱりあの子は消えてしまったのね……?」


「くっ、は、はい……俺の精霊も、消滅するギリギリの所でカミル殿下の婚約者様に救われたそうです。その時の動画や繋がれた魔道具も見せて貰いました」


「そこまで証拠が揃って?もう疑いようも無いわね……これには精霊王や女神様も絡んでいるの?」


「え?えぇ、はい。殿下の婚約者様は精霊の国にいらしたそうですので恐らくは」


「あぁ、やっと聖女様が現れたのね?旧図書館の文献にあったのよ。そうであれば良かったわ。これで最悪は免れそうね」


 さすがは姉上だ。やはり、文献などの知識を基に動いてたんだな。

 

「はい。王国では『召喚の儀』で聖女様が召喚されました。他にも2人召喚されたようですが、お会いした事はありません」


「聖女様には会えないのかしらね……」


「この件がある程度まで片付けば会えると思いますよ?皇帝がおかしいのは帝国にいるからだろうと進言したら、王国へ皇帝を呼び出す手伝いをしてくださる事になりました。今はその準備をしてくれています」


「待ちなさいジャン。ここで話す内容では無いわ」


「あ、では、私の執務室に参りましょう」


「大丈夫なの?ジャンの部下達は信用出来ると?」


「いえ、出来ません。カミル殿下から、防御膜と防音膜の魔道具を借りて来ましたので、執務室の隣にある応接室で話しをする分には安全なのですよ」


 俺の執務室に向かいながら話しをする。一応、防音膜を張っているが、俺はあまり得意では無いから歩きながらだと少し不安定だ。もう少し練習しなければ……


「なるほど……さすがはカミル殿下ね。もっと早くに王太子になられたら良かったのに」


「第二王子の件がありましたからね。それを解決したのも婚約者様である聖女様らしいですよ」


「まぁ……!伝承は本当なのね……」


「姉上は、異世界からの召喚者の話をご存じだったって事ですよね?」


「えぇ、知っているわ。古文書も読み漁ったもの」


「えぇ――――!古代語で書かれてる上に1192巻もある、あの古文書ですか!?」


「そうよ、あの古文書よ。何十年前だったかしら?デュルギス王国のカミル殿下が、最年少で全巻お読みになったと話題になったじゃない」


「存じ上げませんでした……」


 只者では無いと思っていたが、彼はやはり天才だったんだな……かと言って威張るでも無く、素晴らしい人物だ。国王陛下が王国は安泰だと言うのも頷ける。


「彼は天才なのに努力家なの。聖女様が現れなかったら、カミル殿下に嫁ぎたかったのよ?ふふっ」


「えぇ……やめてくださいよ?カミル殿下には、出来る限り手伝うから2人の邪魔をさせるなと言われているのですから」


「それが条件だったの?」


「はい。謁見した国王陛下にまで彼女にちょっかいを出した事は許せないと言われたのですよ。次の集まりでは他国の者も訪問するだろうから、今後は彼女が他の者に狙われたら守る様にとも言われました」


「ふーん……ジャン?本当にまともに話せるのね」


「ええ。俺だって帝国から出るまでは、全くおかしいなんて思わなかったんですよ。でも、聖女様にドリーが『イタズラ』をした時に、彼女を庇って公爵閣下が血を流す怪我をなさった。その時初めておかしいと思ったんです。ドリーは人を傷つけられる子じゃ無かったって思い出したから。それから一生懸命考えたら、精霊達も、人々も、帝国は全てがおかしいって……」


「偉いわね、ジャン。ちゃんと自分の非を認めて考える事が出来たのね。私は貴方を誇りに思うわ」


「姉上、それは俺のセリフです。考える時間を貰って振り返ると、姉上はいつも一人で戦っておられた。俺はそんな事も知らずに、煩いだの文句ばかり言って、何もして来なかったんだ」


 悔しくて拳を握り締め、グッと奥歯を噛み締める。すると姉上が俺を小さな体で抱き締めてくれた。


「貴方は良く頑張っているわ、ジャン。ちゃんと人の心も取り戻してくれたし、次期皇帝として問題無さそうね。これで心配事がひとつ減ったわ」


 姉上の言い方が気になった。何か危険な事をやろうとしている?


「姉上、今後は俺も帝国の為に働きます。なので、姉上1人で無理はしないでください。今は王国に助けて貰わなければ助からない帝国かも知れないけど、俺も国民を守りたいから」


 姉上が心から笑ったのが分かる程の美しい笑みを見せてくれた。


「えぇ、私も国民を……帝国に生きる全ての生き物達を守り、救いたいと思っているわ。ルゥーの様に帝国のせいで儚くなった者達の為にも……」


「姉上…………」


 それから俺の執務室で、王国で教えて貰った情報や現状の擦り合わせで随分と長い時間、姉上と話していた。姉弟なのに、まともに顔を合わせて『会話』をしたのは初めてだった。あぁ、俺はカミル殿下や王国の役に立てる様な男になりたいと強く思ったのだった

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