第94話 人間界は大騒ぎ ★デューク SIDE

 精霊の国へ行った婆やとリオ殿が帰って来ていない。出発してから3日間も経っているから、一部の貴族からは隣国へ文句を言ってる者がいると報告も受けた。


 まぁ、本気で心配してるのはカミル殿下とリズなど、私の幼馴染達だ。平気そうなのは師匠。婆やも居ないから逆だろうと思うのだが、ユーグが寝てる師匠の夢に出ては大丈夫だと教えてくれるらしい。


 我が国には精霊はソラ殿しか居ないので、どんな事が出来るのかすら良く分かっていないからな。転移や、念話が出来るのは体験したから知っているが。夢枕にまで立てるのか?


 まぁ、精霊の国は違う世界らしいからな。ソラ殿が帰って来ない限り、何も出来ないと思われるのだ。我々はお昼に集まっては、気を紛らわせる為に騒いでいた。心配事は、1人で居ると落ち込むきっかけになる。


 幼馴染達でカミル殿下が落ち込まない様に励ましてると言った方が齟齬はないかもな。日に日に下を向いて行く殿下に、皆んな気が気では無かった。精霊とリオ殿のペアだからなぁ……婆やが居ても、あまり意味は無さそうだ。


「殿下、『練習装置』で汗を流してみては?」


「…………僕も行けば良かった」


「殿下…………」


「リューもサイラスも連れて行けない場所に、何故行く許可を出したのだろう……」


「重症だなぁ…………」


「滅多な事では後悔しない人のはずなのに。私やクリスにまで弱い所を見せるなんて、さすがに心配しますよ」


 コンコンと、執務室の扉が叩かれた。キースが確認しに行く。この時間に人が訪ねて来るなんて珍しい。王子達が昼食を邪魔されるのを嫌うと勝手に思われているから、昼食時に訪れる客はほぼ居ないのだ。


「殿下、隣国の皇太子殿下がおいでですが……」


「なんだって?非常識過ぎ無いかい?」


「た、大変申し訳なく……急ぎの用でして……」


 申し訳なさそうに、隣国の皇太子が扉の影からこちらを覗き込んでいた。つい先日、リオ殿にちょっかいをかけた人間とは思えない程、下手なのには驚いた。


「第三王子である私に用があるのですか?それとも王太子となった私に用があるのですか?」


「あ、あの、怒って居られますか?先日は、大変申し訳ありませんでした……」


「私では無く、私の婚約者とエイカー公爵へ謝罪すべきでは?」


「勿論謝罪したく思っておりますが、エイカー公爵は面会謝絶されておりますし、王太子殿下の婚約者様は見かけなくなってしまいまして……」


「でしたら何でしょう?皇太子殿下は何をなさる為に、私の執務室までいらしたのでしょうか?」


「王太子殿下のご婚約者様に会わせてはいただけないでしょうか?」


「会ってどうなさるつもりで?また私の婚約者にちょっかいでも出そうとしておられるなら……」


「そ、その節は大変失礼致しました。カミル殿下が第三王子とは知らずに失礼を……」


 そうなのだ。この皇太子、噂を鵜呑みにしてカミル殿下が第二王子だと思い込まされていた。見た目は王子達3人とも若いから分からないのは仕方ないが、第二王子の名前がアランである事は、調べれば直ぐにでも分かるだろうに。


「1番悪い噂のある第二王子が王太子になると隣国では噂になってたのでしたよね?」


「はい……正直に申し上げますと、3人王子が居る事以外は、まともな情報はありません。帝国は、そう遠く無い未来に破滅するのでは無いでしょうか」


「何故そう思われる?そして、何故それを私に言うのでしょう?」


「恥を忍んでお願いしたい事があります」


「私は王太子になったばかりで忙しい。そなたの為に骨を折る気は無い」


「そこをどうにか!この案件が落ち着いた暁には、皇太子として私が何でも一つだけ約束しましょう」


「はぁ?貴方にそんな権限は無いでしょう?それに、潰れると分かってる国を助ける?逆の立場であれば、貴方は助けるのですか?」


「助けないだろう……分かっている。無理を言ってる事も、私がしでかした事を考えるなら……お詫びするなら兎も角、お願いをする立場にない事ぐらいは理解しているのです……」


 その通りだし、この皇太子は馬鹿では無いのだ。隣国ではキチンと王子教育を受けて来たのだろうと分かる。ただ、最初にリオ殿へちょっかいをかけたのがなぁ……他の事であれば、カミル殿下も許せたのかも知れないが。ただ一つだけ、リオ殿の事となると、殿下は狭量になり過ぎるのだ。


「助けて欲しい理由も言わず、図々しいとは思いませんか?」


「話しを聞いてくださるのであれば、一から全てお話し致します。勿論、話しを聞いてから決めて頂いて構いませんので」


「それは、帝国にとって不利になり過ぎるのでは?」


「どうせ潰れるのであれば、デュルギス王国に吸収された方が国民のためになりましょう。もう、我々皇族だけでは何も出来ないのです……」


「そこまで?帝国は裕福だったのではありませんでしたか?ほんの数年前に行われた皇太子のお祝いに伺った時には、国民も明るく活気もあった様に感じましたが?」


 キースが3年半程前に帝国を訪れた時の事を振り返って話すと、皆んな頷いた。ここにいるメンバーは、リズ以外は殿下と共に参加しているし、リズの父であるエイカー公爵は出席しており、リズも話は聞いているのだ。


「それが、どうやら……100年近く前からおかしかった様なのだ。それに気付かなかった、我々皇族もどうかと思ったのだが、どうも精神系の魔道具が使われている可能性が出て来てしまって……」


「お手上げなのか?」


「デュルギス王国へ向かった当初は、私が暴いて見せると勢い込んで来たんだがな……私の契約している精霊が消滅したかも知れないのだ」


「どういう事だ?リオに向けて『イタズラ』をさせて、公爵に怪我を負わせた精霊だろう?」


「あぁ。あの時は何も思わなかったんだ。なのに……」


 皇太子はポツポツと話し出した。


「私は『イタズラ』は精霊なら仕方ないと……アンタレス帝国で育った者なら誰しも流してしまう所だが……」


「今回の『イタズラ』は、何か違ったのか?」


「あぁ。精霊はな、人や仲間を『驚かす』程度の『イタズラ』しかしないから、帝国人であれば誰でも、精霊相手に怒らないんだよ」


「今回は、公爵が血を流す程の怪我を負ったから?」


「そうだ。それも雷魔法を仕込んでいたと聞いた時、何かがおかしいと思った。そして気が付いたんだ……」


「…………?」


「あの国……帝国がおかしいと。帝国を出てから、頭が良くなったと錯覚するぐらい考える事が出来るんだ。帝国を出る前には、考えなければならないと思っていたのに忘れる事も多かったと思い出してね……」


「なんだって?思考能力を低下させる魔道具でも?」


 カミル殿下は私を振り返り視線を合わせるが……


「殿下、魔道具は作る側の技量だけでは無く、対価が必要になるのです。例えば……先日の雷魔法が使われた魔道具でしたら、怪我を負わせるレベルの火力が要るので、魔力の他にも精霊の一部とか……」


「な、なんだって!?」


 皇太子が驚いているな……本当に知らなかったのか。


「ふむ……皇太子殿下、この件の全権を私に預けてくださいますか?上手く行くかは、やって見なければ分からないが……」


「あぁ、勿論です。逆に任せてしまって申し訳無いが。正直言うと、本当に思考能力を低下させる様な魔道具があり、それだけの技術や対価があるとして……何故それを皇族が知らない?それが不安で仕方ないのだ……民を苦しめるのは、無能な皇族の所為だからな」


「ふんっ。一応、皇族としての誇りはある様だな」


「色々考えたのだ。そうしたら、叔母さんの事も腑に落ちたと言うか……あれは父上が悪かったのだろう。かと言って、あの父上が叔母へ謝罪するとは思えないが」


「それを踏まえて、自分にはどうにも出来ないと?」


「そうだ……私の精霊も居ない今では余計にな。これまで如何に精霊達に頼って生活していたのかと思い知らされたよ……」


「あれ?皇太子殿下の精霊は夢枕には立たないのですか?」


「夢枕?」


「えぇ。師匠の夢には、婆やの精霊ユーグが、リオ様と婆やは無事だと教えてくださるそうですが」


 キースの質問に、皇太子は驚いているだけだ。何も知らないのだろう。


「叔母の精霊は消滅しただろう?」


「あぁ、やっぱり……『そちら』が常識なのですね」


「キース、どういう事だ?」


「恐らく……精霊が夢枕に立てるのは、リオ様との接点があったからだと思われます。ユーグ殿は、リオ様と親交を深められたのでは無いでしょうか?そして師匠の魔力も気配も、記憶にあるから繋げた、と……」


「リオがとんでもない事になってるのか?」


「いいえ、恐らく精霊が勝手にやっているのでしょう」


「なるほど!リオ殿の記憶にある師匠の魔力や気配を察知して夢枕に立つ事で、情報を伝えていると」


「えぇ。それ以外に考えられないのです。婆やは恐らくユーグに会えていないでしょう。消滅しているのですし、今まで会えなかったのに、精霊の国に行ったからと会える訳が無いのですから」


「なるほど……消滅したユーグに会えるとしたら、リオが中心となって起こるからと?」


「はい。精霊王や王子のソラ様も、これまでなさらなかったのですから、恐らく『出来なかった』が正解です」


「確かに。出来るのであれば、もっと早くに婆やを呼んで会わせてあげただろうね」


「えぇ。その中でイレギュラーなのは、いつでも……」


「リオだよね。加護もあるから不可能が可能になる事も多いのだろうか……」


「か、カミル殿下!その様な事を私の前で仰ってはならないでしょう!」


「皇太子殿下、手伝うと決めたからには貴方は私の部下と同じですよ?それに、私の……僕のリオは最強だから問題無いしね」


 カミル殿下は皇太子殿下に向かってウィンクをした。言葉を崩し、少なくとも今は敵では無いと言っておられるのだ。


「ありがとうございます……」


 少し歓談をしながら過ごしていると、ドタバタと廊下を走る音が聞こえて来る。バターン!と扉が開き、そこへ居たのは師匠だった。姿を現した状態で来るなんて珍しい……


「カミル!嬢ちゃんとソラ殿から伝言じゃ!『黒いモヤ』の正体が分からないから『モヤ発生の魔道具』らしき物を手に入れたから、危ない物かも知れないけど、デューク達に解剖?分解?を頼めないか、と!」


「えぇ?『黒いモヤ』って何ですか?思考低下させる魔道具が手に入ったのですか!?えぇ!?リオは!?」


「殿下!落ち着いてください!」


「はっ!」


 バッ!と皆んなが師匠に視線を向ける。もの凄い殺気を放ったからな。確かに皆んな黙ったし落ち着いた様な気はするけど、心臓はバクバク言ってるからな……


「まぁ、詳しくはお茶でもしながら……な?」


 師匠が恐ろしい笑顔のまま、スッと目を細めて皆の顔を見渡すのだった。

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