第55話 女神の祝福 ★カミル SIDE

「医者はまだか!」


「殿下!落ち着いてください!」


「落ち着ける訳が無いだろう!」


「分かりますけど、落ち着いてください!」


「くっ!リオを刺したヤツは誰か分かったのか?」


「これから『じっくり』調べますので……」


「絶対に成果を上げて来いよ」


「御意!必ずや、真犯人を突き止めてお見せします!」


「頼んだぞ。僕はリオの目が覚めるまで、側に居る」


「えぇ、そうなさってください」


 背中から刃渡り20cmの刃物で刺され、鳩尾辺りから刃物の先が覗いていた。リオの体を突き抜けたのだ。目の前が真っ赤になる程、頭に血が上っているのを感じる。


 だが、きっとリオなら『落ち着いて?大丈夫よ』と……きっと助からなくても僕の事を考えてくれるのだろう。それが分かるから……僕が今、感情的になり過ぎるのは良く無い事だと分かっている。


 刃物を抜けば、血が止まらないだろう。ここはエクストラヒールを何度もかけれる治癒士が複数人来るまで待つしか無い。早く!早く!と、気ばかり焦る。


「退け退けーぃ!」


「師匠!早く!リオを助けてください!」


 師匠が来てくれるなんて……陛下に呼ばれたのだろうか?今回の1番の功労者だからね。あぁ、少し冷静になって来た……


 師匠が来てくれたのであれば、多少は体が不自由になったとしても、儚くなる事は無いだろう。例えどんな形であっても、生きてさえいてくれればと思ってしまう。


「なんじゃ、泣いとるのか?優等生。爺が来たからには何とかしてやるからのぉ。泣くでない」


 ツーッと頬を涙が流れた。僕は泣いていたのか……


「はい、師匠。よろしくお願いします」


 僕は涙を拭ってリオをじっと見据えた、その時だった。


 『ブワ――――――――ッ!』いきなり白く輝く光に包まれたリオが、フワッと宙に浮かんだ。周りの人々が驚きの声を上げている。


「し、師匠!何事ですか!?」


「ふむ。正しくはワシにも分からんが……恐らくこれは、女神の祝福では?文献にあったであろう?」


「あぁ!体の時を止め、機能を一時的に停止すると言われている?」


「そうじゃ。今なら刃物を抜いても出血しないはずじゃからの!急いで治療を始める!カミル、手伝いなさい」


「はい!師匠」


 1mぐらい浮いているリオの背中から、僕が刃物をゆっくりと周りを傷付けない様に引き抜いた。文献通り、全く出血していない。師匠が全力でエクストラヒールをかけ始めた。これなら助かるだろうと信じたい。


「女神に愛されし少女…………」


 無事を祈る僕の後ろで、誰かがボソッと呟いた。その通りであるのだろうが、リオはそう呼ばれるのを嫌がるんだろうなぁ……


「精霊に愛されし少女じゃなかったか?」


 どちらも間違いじゃ無いんだけどね。女神と精霊、両方の加護持ちだから。この大陸の信仰対象である女神と精霊。その加護を持つリオ。あぁ、必ず助かるな。助かると信じなければ……僕が信じなくてどうするんだ!


「ふぅ、刺された傷は完璧に治したし、臓器も修復は出来るだけしたからの。後は嬢ちゃんの生命力に頼るしか無いのぉ。まぁ、脈も安定しておるし、目覚めるまでは寝かせておいてあげなさい」


「師匠、ありがとうございました!」


 僕はリオを大事に抱き、急いでリオの部屋に向かう。僕の瞳の色のドレスは血で酷く汚れている。リオが刺されたのだと……現実を突きつけられる。侍女に言って、早く着替えさせてあげたい。


 ふと、リオの顔に視線を向けると、大量に出血したせいか、頬の色が青白い……なんだか急に不安になってしまう。


 リオ……早く目覚めて、僕に笑いかけて欲しい。今日はどうせ寝れないだろうから、リオと一緒にいよう。目が覚めた時に寂しく無い様に。いや、寂しいのはきっと僕の方なのだろう……絶対に離れたく無い。


「リリアンヌ、マリー。急ぎリオを着替えさせてやってくれるか」


 リオをベッドに降ろそうとして、血に汚れている事を思い出す。侍女がベッドに血が付かない様に支えてくれた。リオを任せて部屋を出る。


「すぐに終わらせます」


「着替えが終わったら呼んでくれ。リオが目覚めるまで側に居る」


「かしこまりました」

 


 リオを刺した……僕を刺そうとした刺客は、己に隠密魔法をかけていた。僕には近付いて来た事にすら気づけなかった。側に居たデュークですら気づけなかったのだから無理も無いのだが。


 そんな僕を庇って刺されてしまったリオ……刺された傷は確かに綺麗に治ったけれど、きっと恐怖は忘れないだろう。リオは刺された恐怖を。僕は大事な人がいなくなるかも知れないという恐怖を。


 思い出すと涙が出て来そうになる。グッと我慢して、天井を仰ぎ見る。泣いたのなんてどれくらいぶりだろうか?僕にもこんな感情があったのだと思い出したよ……


 普段から冷静であれと、物事を俯瞰的に見るのは、王子であれば当たり前に出来るよう教育される。僕は王位継承権が高いから、幼い頃から厳しく躾けられて来た。


 正妃の子だからと、周りからは期待されてるのも理解していたから苦では無かった。ただ、この感情を忘れていたのだ。辛い、悲しい、苦しいと……上に立つ人間は言ってはならない言葉。リオの前だけは許してくれるよね?ねぇ、リオ。早く僕を見て……


「殿下、終わりました」


「ご苦労様。今日は下がって良いよ」


「殿下のお食事は……」


「さっき陛下の所で食べて来たから平気だよ。リオが目覚めて、お腹が減ってる様ならその時に、一緒にお願いするね」


「かしこまりました。失礼します」


 侍女達が部屋を出てからリオの寝室に向かう。ベッドの側には椅子を用意してあった。有難く使わせて貰い、椅子をベッドへ近づけて、リオの手を握る。温かい……


 顔を近づけて耳を澄ませば、すぅ、すぅ、と呼吸する音が聞こえる。ちゃんと生きている……分かっていても、確かめたかった。


 涙が止まらない。生きているという喜びからなのか、不安からなのか……僕は嗚咽を必死に噛み殺して、むせび泣いていた。


 どれくらい泣いていたのだろう……やっと少し気持ちが落ち着いて来た。リオの顔を覗き込む。少し血色が戻って来ただろうか?と思ったら、スッと目が開いた……


「リオ!リオ、僕が分かるかい!?」


「か、カミル……ゲボッ!」


「ああぁ!!血を吐いたから、喉に詰まってたのか!今、水を注ぐからね!」


 ベッドサイドにあった水差しからコップに水を注ぎ、リオの背中の後ろに腕を差し込み少しだけ起こして水を飲ませた。


「カミル……」


 リオは僕の頬を指でなぞる。涙の跡があったのだろう。ちょっと恥ずかしいね。


「リオ、良かった……」


 僕の頬を撫でるリオの手の上に手を重ね、頬に押し当てる。温かくて細い指の感触に、また涙が出そうになる。


「本当に良かった……」


 少し涙声になりつつも話し掛ける。リオの存在を確かめたかった。何度確かめても足りない気がする……


「カミル、心配かけてごめんね?」


 いつもより力の無い声で、リオが謝って来た。


「そんな事は良いんだ!リオが無事で居てくれるなら、本当にそれだけで良い……」


「カミル……私の愛しい人。私も、貴方が無事で本当に良かった……」


 僕は我慢出来ずに椅子から立ち上がり、優しくリオを抱き締めた。お互いがここに存在しているのだと確認するように……

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