倉田 奈央

第85話 過去の人



 明さんに抱かれた後、家に着いたの明け方前だった。

 部屋に入ると電気もつけず、明けてゆく窓からの光を頼りにベッドに座った。



 昨日の朝この部屋にいた私と、今の私では全く違う人間になっている気がした。後悔はしてない。

 でも、尾関先輩がこのことを知ったらどう思うんだろう……



 そう考えた時、初めて告白をした時の、あの冷たく蔑んだ目で私を見る先輩の顔が浮かんだ。

 現実ではすっかり私を忘れて誰かと楽しそうに過ごしているくせに、想像の中で私を責めてくる先輩が許せなかった。



 なのに、胸はギリギリと痛む。私は思考の扉を無理矢理に閉めて鍵をかけて眠りについた。







 誕生日から一週間後の週末、初めて明さんの家に行った。

 いつもの振る舞いから、家具や壁紙、照明にまでこだわった、ミュージシャンらしくて広々とした近代的な部屋を想像していたけど、案内されたマンションは意外にもマンションというより、アパートという方がふさわしいようなとことん普通の部屋だった。



「拍子抜けした?すっごい地味でしょ?」



 と、明さんは少し気恥ずかしそうに言ったけど、私はむしろ親近感を感じて安心した。



 ほとんど外で活動していて家にはあんまりいないし、音楽関係のものもほぼ家には置いていないという話の通り、重きを置いていない部屋は平均的な女子大生の一人暮らしを再現したようだった。



 小さなキッチンに二人で並んで、近くのスーパーで買ってきたパルミジャーノとプロシュート、ブラックオリーブで前菜を作り、コンビニのピザをトースターで焼くと、それを小さなテーブルへと一緒に運んだ。

 そして、私専用にと明さんが用意してくれていた肌触りのいいクッションに座り、安いワインで小さく乾杯をした。



 音楽をかけながら、ベッドの側面を背もたれに、時々腕と腕が触れる距離でしばらく飲んでいると、話している途中で明さんが私のシャツのすそからするっと手を入れてきた。私は思わずびくっとしたけど、明さんはそのまま会話を続けながら、腰あたりの肌にゆっくりとその手を滑らせていた。



 それをきっかけに、2回目とは思えないほど簡単に私は再び明さんに抱かれた。



 まだ緊張はしたけど、動じることはなかった。明さんに家に来ないかと誘われた時、明さんはそうゆうつもりだと思ったし、私もそうゆう気でいた。



 それから毎週末のデートは買い物に行ったり、明さんのライブに行ったり、ドライブをしたり、どこで何をしても、夜は必ず明さんの部屋かホテルで過ごすようになった。



 初めのうちは毎回、明さんに抱きしめられる腕の中で、尾関先輩が誰かを同じように抱いている映像が浮かんできて未練と罪悪感に苦しんだ。

 でも、私がそうやって尾関先輩のことを思い出していることも、明さんはちゃんと分かっていた。それでも変わらずに私の心も体も全てを受け入れて愛してくれた。



 むしろそんな時はさらに激しく愛されて、明さんから与えられた快感は、こぼれた墨汁が白いシーツに染みわたってゆくように、消したいその映像を真っ黒に塗り潰してくれた。



 明さんしか知らない私は他の人と比べることは出来ないけど、きっと明さんは特にこうゆうことが上手な人なんだと思った。

 私と付き合う前に沢山の女の子と経験してきたということが裏付けされるように、色んな場面でそれを感じた。



 もう何回目か分からないほど数を重ねても、いつもそうゆう流れに入るタイミングに気付かされることはなく、気づいた頃にはもう好きなようにされてしまっている。その時にはもう羞恥心は完全に飲み込まれ、体はただただ明さんに従順になっていた。



 明さんは私を抱く時、何度も何度も名前を呼び「好き……」という言葉を繰り返した。

 気持ちがもっと高ぶると「愛してる」と言うこともあった。そんな言葉を耳元でずっと聞かされていると、この人は本当に私以外何もみえないんだという幸福感に包まれた。



 明さんとのそうゆう行為は麻酔に似ていて、完全にその中へ入ってしまえば、その他全ての感覚を失うように麻痺させてくれた。



 次第に私はまるで重度の中毒者のように自分からも求めるようになっていった。そんな日々を重ねていくうちに、私の中身は明さんで満たされていき、そうなればなるほど尾関先輩が押し出されていっているように感じた。



 あんなに執着していたけど、本当に私は尾関先輩のことが好きだったのか?初めて人を意識したからそれを恋だと錯覚してしまっただけだったんじゃないか?と疑問を抱くほど、しまいには先輩のことを思い出してもなんにも感じなくなった。




 そして、そんなふうになれた自分に、私は満足していた。









 ある日の夕方、研修先の施設長に書類を届ける用件を頼まれた時、珍しくそのまま直帰していいと言われ、いつもならまだ清掃作業をしている時間に、私は地元の駅のホームにいた。



 その時、ふと今日行ってみようかな……と思いついて、誕生日の日からなんとなく避けてしまっていた葉月へ、約二ヶ月ぶりに行ってみることにした。




 ガラガラガラガラガラ……



「えっ!?わー!なおちゃん!!」



 しばらくぶりに顔を出したことと、今までは必ず尾関先輩の所在確認をしてから来店していた私がなんの連絡もなしに現れたことに驚いた様子を見せながらも、えなさんは心から嬉しそうに出迎えてくれた。



「えなさーん!!会いたかったですー!!」

「私もー!!ずっとあえなくて寂しかったよー!!」



 開店直後の誰もいないカウンターに座るとやっぱり落ち着いて、久しぶりにほっとした。



「相当忙しかったんだね!体大丈夫?体調崩したりしてない?」

「なかなか来れなくてごめんなさい……体は全然元気です!」



 えなさんには研修の忙しさを言い訳にしていた。私は罪の告白が出来ない代わりに、気持ちを込めて謝った。



「ううん!元気ならよかった!」



 そう言ってえなさんはいそいそと奥の冷蔵庫へ行き、冷えたシャンパンを手に戻ってきた。



「待ちに待った二十歳のなおちゃんとの初対面だね!」



 そう言って、可愛らしくシャンパンのボトルを両手で掲げる。



「カンパイしよっ!なおちゃんが来たら開けようと思ってずっと用意してたの!」



 その優しさに、嘘をついて避けていた罪悪感がまた重くのしかかった。



「そんな!こないだ送別会の時もいっぱいシャンパン飲ませてもらったのに!そんなにいいですって!!」

「いいの!いいの!私が二十歳のなおちゃんと飲みたいんだもん!」



 私の遠慮の言葉を一刀両断して、えなさんはシャンパンのコルクを逆手で握った。力のこめられた華奢な拳を凝視しながら、もう開く……と身構えた瞬間、えなさんはハッとした顔をしてその手を止めた。



「ごめん!!なおちゃん!!」

「……へ?」

「突然のなおちゃんの登場が嬉しすぎて忘れちゃってたんだけど、実は今日、新しいバイトの子が来るの!もうすぐ来ると思うから、その子のこと待ってからでもいいかな……?」

「あっ、はい!もちろん!てゆうか、ついに人入ったんですね!」

「うん、さすがに限界になっちゃって入れることにしたの」

「わー!どんな人なんだろ……気になるなー、若い子ですか?」

「うーん……若くはないかな……」

「元気なタイプですか?それとも控えめ系?」 

「うーん……控えめではないかな……」

「そうなんだー、仲良くなれるといいなぁー」

「絶対なれるよ!」

「そんな断言!?」

「うん!100%!」

「そんなに……?そこまでいくと逆に怖い気も……」

「なんでー?」



 そう言って笑うえなさんの天使のほほ笑みに見とれていたその時、



 ガラガラガラガラガラ……!!



 と、勢いよくお店の扉が開いた。



「今日からよろしくお願いしまーすっ!」

「……え?!」

「なおちゃん、この子が新しく入った子だよ!」

「て……店長!?」

「いぇーい!倉田ちゃーん!久ぶりじゃんよ!よりによって私の初出勤日に現れるなんて冴えてんねー」

「……お、お久しぶりです……ってゆうか!どうゆうことですか!?」

「どうゆうことも何も、人入れるなら私が入ろうかな〜?って」



 二ヶ月ぶりでもなにも変わらない店長は、話しながらえなさんのいるカウンターの中へと入っていった。



「一人じゃ回らないって言っても毎日忙しいわけじゃないし、そんな不安定なシフトでバイトの人に入ってもらうのも悪いし、私もね、慣れない人と2人で営業するのも正直不安だったから、あんなちゃんが『私が手伝おうか?』って言ってくれて、それ以上ないなってなったの」

「でも、コンビニは?店長いなくてどうするんですか?」

「あー、あっちは尾関に任せることにした」

「尾関先輩に?」

「うん。実はさ、コンビニの方、親から正式に権利変更して、私がオーナーになったんだわ。で、それを機にコンビニと葉月を一緒に、一つの会社にしたの。私がオーナー、えなが社長、で、尾関を唯一の平社員で入れて、尾関はコンビニの店長に就任させたの」

「えっ!!なんかちょっとの間にすごいことになってますね!」

「でも別に今までと何も変わるわけじゃないから。安心してね、なおちゃん」

「そ。予約入ってたり忙しい時に私が葉月に出るくらいで、コンビニもまだ尾関に全部を教えられてないから、実際ほんとなんも変わんないよ」



 そう話しながら店長は真っ赤なエプロンをつけた。



「……店長、飲食業とか出来るんですか?エプロン、超絶似合ってないんですけど……」

「バカ!このバカ!私もともとバーやってたって言ったじゃん!」

「あ、そっか」

「てゆうか、今さらりとエプロン似合わないとか言ったよね?」

「いやだって、この和の造りの落ち着いたお店で金髪ピアスの赤エプロンはちょっとどぎついかなーって」

「おいおいおいー、さらに言うようになったじゃん!あれか?二十歳になってちょづいてんのか?」

「もー!あんなちゃん!今日は従業員なんだからね!お客さんにそんな言い方しちゃダメ!」

「……はい」

「あっ!店長が怒られてるー!なんかヒエラルキー大逆転ですっごい楽しいんですけどー!!」

「……苦しいな」

「とにかくもういい加減カンパイしよーよ!あんなちゃんのこと待ってたんだからね?」

「あっ待っててくれてたの?ごめん!ごめん!じゃあカンパイしよ!」

「なおちゃん、二十歳おめでとー!!」

「おめでとー!!」

「ありがとうございまーす!!」



 貸し切り状態な上に、えなさんと店長が私の目の前に並んで接客してくれるという豪華なシチュエーションに、すでに私は大満足だった。



「……そう言えば、店長はもう店長じゃなくなったってことですよね?」

「そうだよ」

「じゃあ私、これから店長のことなんて呼べばいいんですか?」

「別にそのまま店長でいいんじゃん?あだ名みたいな感じで」

「でも葉月の中で店長って呼ぶと周りのお客さんは店長がここの店長だと思っちゃうし、ややこしくありませんか?」

「あーそうか……」

「じゃあ『あんなさん』呼んだら?」

「……あ、あんなさんか……なんかこそばいですね……」

「私も倉田ちゃんにあんなさんて呼ばれんのはかゆいなー」 

「かゆいってなんですか!」

「だって、なんか、なんかなんだもん!……そういや、尾関もかゆがってるよ。バイトから店長って呼ばれるようになって」

「へー……」

「コンビニの方も色々変わったよ、バイトもだいぶ入れ替わったしね」

「そうゆう時期ですもんね」

「ついに香坂ちゃんも辞めていった」

「えっ!?香坂さん、辞めたんですか!?」

「うん。就職決まってね」

「そうなんですか……」



 香坂さんには、何も言いわずに避けるように辞めてしまったことがずっとどこかで引っかかっていた。

 色々あったけど、何年も一緒に働いていて可愛がってくれた人に完全に背を向けたことに申し訳ない気持ちが、消えていなかった。



「また何人か高校生なりたての子たちも入ってきてさ、倉田ちゃんが入ってきた時のこと思い出したわ」

「もう4年以上も前なんですよね……信じられないな」 



 あっとゆう間の4年だったけど、あの店で働いていたことは、はるか昔に感じる。



「尾関もいよいよ歳だな。大体毎年一人は尾関に懐く女子高生がいたけど、今年は途切れたわ」

「尾関ちゃん、そんなにモテるんだ?」

「うん、普段へなちょこすぎて忘れてるけど、あいつ黙ってるとアホみたいにモテんだよね」

「とは言え、いくら尾関先輩でも高1の子からしたらもう10個近く上ですし、さすがに恋愛対象としては難しいんじゃないですか?」

「でも私、高校生の時にひと回りも歳上のあんなちゃんのこと好きになっちゃったよ?」

「そっ…そっか……お二人ってそんなに離れてるんですよね……。店長って年齢の概念なさすぎるから、つい忘れちゃうな……」

「私は尾関とは格が違うからね!」

「あんなちゃんは本当に素敵だったもん!なんかもう……同級生なんかじゃ太刀打ち出来ない大人の女の人の魅力がすごくて……年の差なんてどうでもよかったな……」

「私だって、他のたちはみんなクソガキにしか見えなかったけど、えなだけは別格だったもん。法でもなんでも犯したくなっちゃうって感じだったし!てゆうかほんとに犯しちゃったんだけどー!!」

「もぉやだぁ〜!あんなちゃんてば!」

「……ちょいちょい、お姉さんがた、まだ開店したばっかですけど今日大丈夫ですか?」

「ごめんねーなおちゃん、楽しくなっちゃって!でもまぁ私たちはやっぱり特殊なんだろうな。普通はそんなに歳離れてたらやっぱりそんなふうに思えないのかもね。せいぜい6つくらいまでかなー?」

「そうかもねー、尾関も高校生はなかったけど、結局大学生からは告られてたからなー」

「……へー、結局すごいですね」



 その話を聞いて、その相手があのピンクの髪の人だろうとピンときた。



「断ったか付き合ったか知りたい?」

「別に」



 聞かなくても分かっていた。休みの日に二人だけで会って花束まで贈るなんて、付き合ってるからに決まってる。



「なんかよゆーじゃん」

「もう二十歳ハタチですもん」

「ふーん」



 大丈夫だ、店長が揺さぶってきても動揺してないし、先輩が誰かと付き合ってるって思っても平気でいれてる。  

 私はもう本当に大丈夫なんだ。 



「セックスした?」

「は、はいっ!?」

「ちょっとあんなちゃんっ!!」

「……やっぱりな」

「なに勝手に確定してるんですかっ!!私まだ何も言ってないじゃないですか!!」

「いや、必死なとこ悪いんだけどさ、倉田ちゃん、顔真っ赤だよ?」

「……!!」



 ……そうだ、私がこの二ヶ月葉月を避けてた理由はこれだったんだ……。唐突に自分の深層心理を理解した。



 葉月に行けば店長に出会うかもしれない……そうなったらなんでも見透かしてくる店長に何もかもバレるかもしれない……

 まさに今起こってることを私はずっと恐れてたんだ……。



 私はもう何を言ってもムダだと覚悟して黙った。



「…………」

「…………」

「…………」



「あっあの!……なんか言わないんですか!?」

「ん?」

「いつもからかったり、ちゃかしたりするじゃないですか!こう何も言われないと逆に居心地悪いんですけど!」

「なに、からかわれたいの?初めてはどこで?とか、どうやってそうゆう流れになったの?とか、今はどのくらいの頻度でやってんの?とか?聞かしてくれるならめちゃくちゃ質問するけど」

「そっ、そんなこと言えるわけないじゃないですか!!」 

「……よかったよ、まだ恥じらう倉田がいて……。すっかり手練れになって意気揚々と話し始めたらどうしようかと思ったわ」

「当たり前ですよ!そんな話、どんなに慣れたって人にツラツラ話すようなことじゃ……」



 私は文字通り肩身を狭くして縮こまりながらシャンパンを飲んだ。



「もう!あんなちゃんのせいでなおちゃんがちっちゃくなっちゃったでしょ!」

「ほんとだ!ちっさ!倉田そんなにちっさかった?」

「…………」

「なおちゃん、別に悪いことじゃないんだから、そんなに縮こまらなくてもいいんだよ?」

「……はい」

「安心しなよ、からかったりしないって」

「もうすでにからかわれた後な気がしますけど……」

「なおちゃん、あんなちゃんが本気でからかったら、さっきのじゃ済まないよ?あれはまだレベル2くらいだから」

「さっきのでレベル2……?それって10中のですか?」

「ううん、1000」 

「1000!?」

「そーだよ、さっきのなんか全然からかったうちに入んないわ!ほぼ『ごきげんいかが?』と変わんないじゃん」  「……ちょっとよく分かんないです……」

「とにかく、倉田ちゃんがこれ以上ちっさくなる話はしないってば」

「珍しいですね……」

「だって、からかうようなことじゃないじゃん。ずっと好きだった人をようやく忘れられて、別の人と本気で歩み始めたってことでしょ?ヤケになってそうゆうことしてるんじゃなくて、ちゃんと明ちゃんのこと好きなんでしょ?」




 ……実際、きっかけはヤケだったかもしれない。でも、今は本当に明さんのことを好きでしてる。その証拠に、私はこうなったことを後悔してない。それに、週末ごとに明さんに抱かれるたび、幸せを感じている。 

 その中から出たくないと思える。



「……明さんのこと、本当に好きです。今は、強がりとかじゃなくて、尾関先輩のことはちゃんと過去として考えられるようになったって実感してます」

「……じゃあ、もうすっかりふっきれたんだ?」

「はい」

「もう顔合わせても普通に話せる?」

「平気だと思います。だから今日だって前までみたいに先輩の所在確認とかしないで来ましたし」  

「……そっか。ならもう本当に私がどうこう言うことじゃないね。……そっかー、これでついに4人のレズ温泉旅行は幻になったわけかぁー……」

「……すみません」

「別に謝ることじゃないって」

「でも私はなおちゃんと行きたいなー!温泉旅行!ねぇ、なおちゃん、2人で行かない?」


 

 えなさんが突如カウンターに身を乗り出した。



「えっ!?えなさんと2人で?!行きます!!行きます!!えなさんと2人なら絶対行きます!!」

「ほんと?」

「……露天風呂とか……あるところ……いいですよね……」

「露天風呂いいねー!」

「おい、殺すぞ倉田」

「えっ!?」

「私の目の前で私の女を温泉に誘いやがったな」

「当たりつよっ!てゆうか、誘ってきたのそのの方からなんですけど!」

「アハハハハ!なおちゃんウケるー!!そうだよね!誘ったの、この女からだよね!」

「……てか、普通に私を置いてくなし!」

「冗談じゃないですか、店長を置いていくわけないでしょ!」

「えっ……なおちゃん冗談だったの……?私は本気で言ってたんだけど……」

「冗談なわけないじゃないですか!!2人だけで行きましょう!!」

「おい、お前ら!」



 私たちは自分たちの声がうるさいくらいに笑った。



「でも、普通だったら、カップル+自分の3人で旅行なんて鬼な状況かもしれないけど、えなさんと店長とだったら、私本当に行きたいです!めちゃくちゃ楽しそう!」

「めちゃくちゃ楽しいだろうけどさ、夜は寂しいんじゃない?」

「なんでですか?」

「だってせっかくの旅行なのに倉田ちゃん一人部屋じゃん」

「その日くらい私も同室にして下さいよ!」

「バカっ!温泉だよ?浴衣だよ?抱くだろ!」

「……そ、そりゃそうですよね……失礼しました……」

「なに、私たちがしてるとこ見たいの?」

「なっ!なに言ってるんですか!!?」

「お、想像以上に動揺してるわ!さては今ちょっとなくないって思っただろ」

「思ってません!!……ちょっと、ほんのちょっと興味はあるかなって思っただけで……」

「……なおちゃん、興味あるの?私とあんなちゃんがどんなふうにしてるか……」

「えなさんまで!そんなに掘らないで下さい!!ってゆうか、そんな美しい顔でそんなこと言わないで下さいっ!!」

「だめだこれ、3人で行ったら絶対エロ倉に覗かれるわ……」

「じゃあもっと人数増やしたら?そしたらなおちゃんも寂しくないし」

「そうだよ!もう完全にふっきれたならさ、尾関も呼んで、明ちゃんも呼んで、ついでにそこらへんのレズもみんな連れて行けばいいじゃん!」

「いや、それはさすがに……。ふっきれたとかの問題じゃないでしょ……あと、そこらへんのレズってなんなんですか?」

「そうだよ、あんなちゃん!調子乗りすぎ!そこらへんのレズはやめて!せめてここらへんのレズにして!」

「えなさーん!!そこじゃないんですー!」

「でもさー、マジでなくなくない?だって尾関と明ちゃんは元々知り合いなわけだし、尾関と倉田ちゃんの間には結局何もなかったわけだし、尾関も彼女とか連れてきたらみんなで楽しそうじゃん!倉田ちゃんも尾関とまた普通に話せる友だちみたいに戻ってさ!」



 とんでもないシチュエーションで、100%あり得ない旅だと思っていたけど、店長の話を聞いていて少し動かされてしまった。



 前までは二度と会いたくないと思っていた尾関先輩と、もし本当にまた、まだ何も起きていなかった友だちみたいな関係に戻れたら……そんなことを少しだけ思った。












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