第84話 半永久的プレゼント 




「ちょっともも!どこいくの!?」

「きみか!走って!」



 駅のロータリーまで着くと、そのままスピードを緩めることなく、止まっていたタクシーが開けた後部座席のドアへ飛び込む勢いで乗り込んだ。



「お急ぎですか?どちらまで?」

「すみません、そこの道をずっとまっすぐ走って下さい!近くなったら言います!」



 タクシーが走り出すと、ももは後部座席から身を乗り出すようにしてフロントガラスから流れてゆく夜道を凝視した。



「あっ!そこ!そこの角を左に曲がって下さい!」



 車が左に曲がると、100mくらい行ったところでももはタクシーを止めた。



「近くでごめんなさい!お釣りはいいですから!ありがとうございます!」



 そう言いながらももは素早く財布から千円を出して運転手さんに渡した。



「あ、すみません!」



 素直に喜ぶ運転手さんに愛想よくもう一度お礼を言いながら、私を押し出すようにタクシーから降りさせる。



 途中から察しがついてたけど、着いたのはやっぱりあのお花屋さんだった

 もう閉店の準備に取りかかってる店内へためらいなくズンズンと入ってゆくももの背中を追ってついていくと、今朝花束を作ってくれた店員さんがまだ働いていて、ふと目が合った。



「あ、今朝の!」



 その人は、半日ぶりの再会に懐っこいくらいの笑顔で軽めの会釈をした。



「どうも……」



 なんとなく気まずさを感じながら同じように返す。



「きみか、花束貸して!」



 よく分からないまま、私は紙袋ごとももに手渡した。



「すみません!この花束とっても気に入ったので長く飾れたらなって思ったんですけど、こちら保存加工もやってますよね?」



 ももは慣れた様子でその店員さんに質問した。



「はい!やってますよ!」

「閉店ギリギリで申し訳ないんですけど、それって今から申し込めますか?」

「まだ閉店時間じゃないですから!もちろん大丈夫ですよ!」

「よかったぁ……1日でも遅くなっちゃうとお花の状態変化しちゃいますもんね!」

「そうですね……加工自体は本日はもう出来ないですけど、ほとんど状態が変わらないように保管させて頂きますので……」

「助かります!家に1日置いておくのと、お花屋さんの冷蔵庫じゃ全然傷み方が違うんだよ!きみか!」

「そ、そうなんだ……」



 私は借りてきた猫のように2人の高度なお花トークを黙って大人しく聞いていた。



「保存方法ですが、2種類ございまして、こちらのブリザードフラワーでしたら5年ほど、もしくはこちらですと花束全てではなくなってしまいますけど、こんなふうにボトルに密封して置き物のように保存する方法もございまして、こちらだと半永久的に……」

「それにして下さい!!」



 突然会話に大声で割り込んできた私のことを2人が同時に見た。



「……えっと、そちらでよろしいですか……?」



 ももからの依頼に対し私が口を出してきたため、店員さんは少し戸惑うように、私とももを交互に見ながら確認をとった。   



「はい!それで!」



 ももが元気よくそう答えると、



「かしこまりました!少々お待ち下さいませ!」



 と、店員さんは長時間労働を微塵も感じさせず、朝と変わらない素晴らしい接客で店の奥へと入っていった。



「……保存なんて出来るんだ……。そんなこと全然知らなかった……」

「きみかにあげたやつも同じような感じだよ!」

「そっか!」

「あの可愛い花束を見てもらえなかったのは残念だけど、これでいつかは絶対渡せるね!」



 そう言って、ももは自分のことのように嬉しそうに笑ってくれた。

 戻ってきた店員さんから申し込みの紙を渡され、それに記入し、ボトルの種類を選んだり、完成時期などの説明を受けたりしてお花屋さんから出ると、もう時計の針は23時を過ぎていた。



「じゃ、帰ろっか!」

「うん」

「じゃ、私こっちから帰るね!」



 ももは来た道とは別の道を指し、店先で別れようとした。



「え?ももの家ってそっちの方なの?」

「ううん、そうじゃないけど、好きな子に2人でいるとこ見られたらだめなんでしょ?さっきは急いで焦ってたからちょっと忘れてたけど、こんな時間に2人で歩いてるとこなんて見られたら相当まずいと思って」

「……それはそうかもしれないけど、今日一日散々会えなかったのにこんなところで今さら会うとか……」 

「そんなの分かんないって」

「まぁ……」

「それに、本当はきみか、今一人になりたいでしょ」



 そう言われて驚いた。ももには私の心が見えるのかと思った。


 

「……なんか、今日は色々気を遣わせちゃってごめん……色々ありがとう」



 肯定する代わりに、私は頭を下げて謝罪とお礼を伝えた。



「またそうゆうのやだ!距離があるみたいで悲しくなるじゃん!このくらいのこと当たり前でしょ?友だちなんだから!」

「……うん。ほんと、色々ありがとうね」

「あのさ、私思うけど、今日その子が来なかったのには何かどうしても来れない理由があったんじゃないかな?きみかが好きになった子だもん、約束をすっぽかすなんてひどいことしないよ!だから元気出して!自分が好きな子のこと信じてあげてね」

「…………そうだね、信じるよ」 




 一日中ベンチで待ち続けてつい不安に負けて見失っていたけど、そうだ、奈央はそんな子じゃない。来なかったのにはきっと理由があるはずだ。

 もものおかげで改めてそう強く思えた。



「よかった!きみかが最後に笑ってくれて。じゃあ行くね!」

「うん……あっ!ちょっと待って!!」

「ん?なに?」

「さっきのタクシー代!」



 私は急いで財布を取り出して千円を差し出した。



「いいよ!そんなの」

「だめだよ!関係ないももが出すことないんだから!」

「あー!またそうゆうこと言う!関係ないとか寂しいこと言わないでって言ってるのに!」

「そうゆうことじゃないって!」

「やだ!受け取りたくない!関係なくないもん!」

「ちょっとマジで受け取ってよ!さすがにタクシー代出させるわけにはいかないって……」

「……じゃあさ、その千円で今度またきみかのバイト上がりにあそこ行こうよ」

「あそこって?」

「こないだのコーヒーが美味しい喫茶店!あそこなら2人でも大丈夫なんだもんね?」

「あぁ……うん……」

「じゃあ約束!ばいばーい!」



 夜の道をぐんぐんと進み、小さくなってもまだ目立つももの後ろ姿を見ていると、不思議とまだ希望はあると思えた。



 立ち尽くす冷え切った体の中で、ももの優しさだけが温かく残っていた。










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