第81話 奈央の誕生日8日前




「で、恥ずかしいお願いってなに?」



 デーブルの向かいに座るももが、なぜか少し嬉しそうに聞いた。



 その日突然花束を持って店に現れたももを自分から誘い、以前香坂さんと入った喫茶店でバイト終わりに待ち合わせをした。



 恐らくうちの店の人間は誰も出入りしてないし、店内は落ち着いていて清潔で、何よりコーヒーが美味しい。

 私はあれ以来、この喫茶店をすっかり気に入っていた。



「……実はさ、花の買い方教えてほしいんだけど……」

「花の買い方?」

「……うん。私、人生で一度もお花屋さんて入ったことなくて……だから、どうやってああゆう花束買うのかとか全然分かんないんだけど、今さら人に聞くの恥ずかしくてさ……」

「なーんだ!そんなことだったの?きみかが恥ずかしいお願いなんて言うから、私てっきり脱げとか言われるのかと思っちゃった!」

「脱げ!?なんで?!」

「アハハ!知らないけどー。お花の買い方ね!全然いいよー!きみか誰かにお花贈りたいんだ?」

「……うん」

「あ!もしかして例の好きな子?」

「……来週その子の誕生日なんだよね……プレゼントは前から用意してたんだけど、まだ何か足りないってずっと思ってたの。それで、さっきももがあんなさんに花束あげてるの見て、これか!って思って。自分もミニチュアガーデンの置物もらったけど、人からああゆうのもらったの初めてだったから、花もらうのって嬉しいんだなって初めて知って……」

「そっかぁー!」



 ももは私が花の魅力に気づいたこと、それを気づかせたきっかけが自分だったということに、満足気にニコニコしていた。

 


「それでね、プレゼントと一緒に花束もあげたらもっと喜んでくれるんじゃないかと思って……」

「絶対喜んでくれるよ!!」



 奈央とさほど歳の変わらないももに断言してもらって、私も上機嫌になった。



「……そこの商店街に一軒お花屋さんがあるんだけどさ、そこっていつも店先にすでに出来てる花束が並んでるんだよね。ああゆうのは渋すぎるから、出来ればさっきももが持ってきたみたいな華やかなのがいいんだけど、『花束下さい!』って言ったら、必然的にアレになっちゃうの?」

「もしかしてそれ、仏花ぶっかのことかな?」

「ぶっか?」

「うん。菊が入ってる花束でしょ?」

「あー!そうそう!それ!」

「あれは仏壇に供える用のお花だから、そんなの誕生日プレゼントで渡したら確実にまたフラれちゃうよ?」

「そうなの!?」

「うん、だってそれって遠回しに『死ね』って言ってるようなもんだもん!」

「危なっ!!」

「花束は好きなお花があったらそのお花をメインに作ってもらえるし、特にこの花ってものがないなら、贈る人のイメージとか予算を伝えればお花屋さんがそれに合わせて作ってくれるよ!」

「花屋ってそんなソムリエみたいなシステムなの!?」

「うん!お花屋さんの店員さんてみんな優しいから、相談したらなんでも親身になって聞いてくれるよ」

「そっかぁ……すごいこと聞いたわ……なんかカルチャーショック……」

「私が今日見つけたお花屋さんね、ここからはちょっと遠いけどすごく良かったよ!大きなお店でお花の種類もすっごいいっぱいだったし、きみかにあげたああゆう変わったものも色々あったし、そこオススメだよ!」

「へー!良さそうだね!」

「今から行く?連れてってあげようか?」

「あっ……あの、すごく有り難いんだけどさ……ごめん、二人で歩くのはちょっと……」

「え?」



 ももがコーヒーカップを浮かせたままキョトンとする。



「……ももと二人で歩いてるところを万一その子に見られたりして、誤解されたくなくて……実はこないだフラれた原因がそうゆうのに遠くなかったから……」

「よく分かんないけど分かった!じゃあ地図書いてあげる!」

「ありがと……。せっかくの親切をごめん……」

「ううん!色々事情があるんだね。あ、でも今ここでお茶してるのは大丈夫なの?」

「ここにはまず来ないと思うから」

「でもそっか、せっかくきみかと再会出来たのに、一緒に歩けないんじゃ遊ぶことも出来ないんだ……しょうがないけど残念だなぁ〜……」



 ももは背もたれに背中を預けて天井を見上げるように言った。

 私は何も返せず苦笑いするをだけだった。



「でもさ!二人じゃなかったらいいんだよね?こないだみたいにあんなちゃんと3人とか!」

 


 閃いたように抜け道を見つけ、反動をつけて元の位置に戻り提案をしてくる。



「まぁ……ていうかさ!遊ぶことより今は仕事見つけなきゃでしょ?今日のバイトの面接はどうだったの?」



 あまり詰められないよう、ももの関心をずる賢くそらそした。


  

「どうだろ……分かんないや。明日中に連絡するって言われたけど、正直あんまり期待してない。私、ほとんど面接の時点で落ちるから……」

「そうなの?意外だなー。明るくて元気だからどこでもすぐ受かりそうだけど。今の時代、髪の色も関係ないでしょ?」

「うん。髪は何も言われないよ。単純に面接の時点でバカがバレてるんだと思う……。こっち来てから一ヶ月で、もう5箇所も落ちてるんだよね……」

「えっ!?だいぶ切実じゃんよ!」

「そうだよぉ……私もふらふらばっかりしてるわけじゃないんだよ。一応散歩しながら働けるところ探してみたりしてるんだから」

「探し方アナログだなー。てかさ、もも花が好きなんでしょ?だったらお花屋さんで働くのは?花に詳しいし情熱あるし、お花屋さんなら受かりそうじゃない?」

「それはダメなの」

「なんで?」

「本当に好きなことは仕事にしたくないから」

「……たしかにね。私もそう言われたらそうだな。好きで音楽やってるけど、それを仕事にしたいとは思ったことないや」



 そうゆう考え方は見事に一致する。



「そう言えば初めて会った時きみかギター持ってたもんね!今も音楽やってるんだ?」

「うん……いや、今はやってない。コンビニと掛け持ちでライブハウスでもバイトしてて、そこでたまにライブさせてもらってたんだけど、今は完全に裏方だけに専念してる。別に辞めたわけじゃないんだけどね……」

「もしかして失恋のせいで歌う気なくなっちゃったとか?」

「まぁ……」

「きみかナイーブなんだね」

「こう見えてナイーブなんだよ」

「ねぇ!今度きみかのライブ見たいな!」

「いやだから休んでるんだって」

「いつになってもいいから!いつか復活したら!ね?」

「えー……」

「なんでそんなに嫌がるの?」

「知ってる人に聴かれるのって恥ずかしいじゃん」

「恥ずかしいお願い聞いてあげたんだから、きみかも恥ずかしいお願い聞かなきゃダメだよ!」

「……ん?それっておかしくない?それじゃ両方とも恥ずかしいの私の方じゃん。それだったらももが恥ずかしいことを……」

「あーもう!私バカなんだからそんな難しいこと言われても分かんないよ!」

「……分かったよ、いつかね……」

「ほんと!?絶対約束ね!」

「……うん。でもそれがいつかは約束しないよ?」

「うん!いいよ!やったー!!」



 ももは私の卑怯な返答の意味に全く気づかず、落ち着いた喫茶店の中で浮くくらいはしゃいで喜んだ。



 もしかしてこの子は九九も言えないかもしれない……。お世話になったくせにそんなことを思ってしまった。それが顔に出てたのか、



「きみかなんか私のこと笑ってない?」



 と、気づかれてしまった。



「いや、ももってなんか平和でいいなと思って」



 良いようにいったけど決してそれは嘘じゃなかった。



「コーヒープリンかパフェでも食べる?もちろんご馳走するから」

「え!いいの?」

「うん、お礼だから」

「きみか気前いいね!」



 メニューを開いて何にしようか選ぶももに奈央を重ねた。



 いつか奈央のこともここに連れて来たい。

 誕生日にプレゼントを渡せたら、そんなことも夢じゃないかもしれない……



 そんなことを考えながらコーヒーカップの取っ手に手を添えた。

















 
















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