尾関 きみか

第80話 奈央の誕生日12日前




「あんなさん、今日終わったら飲みに行こうよ」



 レジの中、真正面の店内の時計を見てあと15分で上がりだと気づき、レジ締め中のあんなさんを誘った。



「ごめん、今日はだめだわ。えなとデートだから」

「あ、そっか……今日は葉月の定休日か。……デートいいなぁ……」

「心の底から羨ましがるなよ」

「どこ行くんですか?映画とか?」

「……買い物」



 目も合わせてくれない、つれない返事が返ってきた。



「なに買いに行くの?」

「すげー聞いてくんじゃん……」

「いいじゃないですか、せめて人の幸せな話を聞いて癒されたいんですよ」



 私がそう言うと、あんなさんはレジ締めの手をいったん止めて私を哀れむように見た。



「……逆効果だと思うんだけど。てゆうか、もうそれ以上踏み込まない方がいいよ」

「なにそれ?すごい気になるじゃん!なに買うの!?なに買うの!?」

「もぉー、お前の傷口を開かないように忠告してんのに……」

「なんですか?もしかして奈央と会うんですか!?」

「違うよ、週末の送別会の時に渡す倉田ちゃんの誕生日プレゼント買いに行くんだよ」

「あぁー……なるほど……」

「だから言ったじゃん。それ以上踏み込むなって」



 ガシャンッとレジの引き出しが閉まる音がして、あんなさんの作業が終わった。



「……そうなんですよね……ついに奈央が二十歳になるんですよね……」



 落とした視線の先にちょうどあった、あんなさんの手に揺れるレジのキーを意味なく見つめる。



「私もプレゼントあげたいんですけど、会えないから結局渡すすべがないんですよね……」

「じゃあ私が渡してあげようか?」

「いや、それは野暮だし」

「なんかムカつくな」

「すいません……。でも、渡すならやっぱり自分で渡したくて……」

「そりゃそーだわな」

「……どうしたもんかなぁー……」 

「皮肉だよな、元々約束してたのにね、お前たち……」

「そうなんですよね、誕生日は二人でお祝いするって約束したのになぁ…………ん?……そうですよね!約束したじゃないですか!!」

「ちょっと待って……なんか不穏な感じがするんだけど……。なに考えてんのか詳しく聞かしてみ?」

「だから!約束してるから誕生日会えるじゃん!ってゆう……」

「怖い怖い怖い!ないでしょ!もう倉田ちゃんにはあの時と違って彼女がいるんだよ?!」

「そうだけど、だからと言ってあの時の約束はなしだとは言われてないし」

「一休さんか!普通に考えてなしだろ!お前フラれてんだよ?もう会いたくないって言われてんだよ?なのになんでその約束だけ単独で絶賛継続中なんだよ!」

「……だけど、例えどんな状況だったとしても、奈央はそのまま放置するってことはないと思うんですよ、いくら私に会いたくないって思っても。自分からしてきた約束を何も言わないで流すなんて絶対にしない。なしにするにしても、それをちゃんと伝えてくれると思います。奈央はそうゆう子だから」

「……まぁ倉田ちゃんは確かにそうゆうとこしっかりしてそうだけどさ、事情が事情だしなー。第一、待ち合わせの時間とか場所とかまだ何も決めてなかったんでしょ?倉田ちゃんはお前の連絡先も消してるんだろうし、断るにしてもどうしようもなくない?わざわざ店に来るとか?」

「……まぁ、そこはどうとでもなるし、とにかくチャンスはあるはずです!断るテイかもしれないけど、絶対に会いには来てくれると思う。だからその時になんとかプレゼントと手紙だけは受け取ってもらって……」


 

 私が正面から熱弁すると、あんなさんはフッと軽く吹き出した。それはバカにするような笑いじゃなくて、嬉しそうな笑いだった。



「尾関、倉田ちゃんのこと好きって認められるようになってから変わったね」

「そうですか?」

「うん、かなり。なんかしぶとくなったよ。明るくもなったし」

「……確かにそうなのかも。奈央が辞めちゃってからずっと辛い状況だし、何一つ上手くなんかいってないんだけど、でも、奈央のこと考えるだけで幸せなんですよね……。すごい傷つけて愛想つかされてるくせに、やっぱりもう一度振り向いてくれるんじゃないかとか想像したりして……ほんと調子乗りすぎですけど、そんな小さい希望だけで強くなれてる気がします」

「尾関の口からそんな言葉を聞ける日が来るとはね……。で、プレゼントは何あげるつもりなの?」

「実はもうすでに用意してるんです!色々あげたいものがあって、一つじゃないんですよね」

「大丈夫?それウザがられない?いくつも色々あげんのって、ホステスに貢ぐパトロンのおっさんみたいじゃん……」

「大丈夫ですよ!ちゃんとどれも奈央が好きなものだから!」

「……そっか。まぁ倉田ちゃんの好みに関しちゃ尾関は結構分かってるもんね……で、何あげんのよ?」

「ナイショ!」

「うざいなぁ……」

「無事に渡せたら奈央から直接見せてもらって下さいよ!」








 奈央の二十歳の誕生日プレゼントに何を贈ろうか、それはもうずっと前から考えていたこと。



 でも具体的に思い描いたのは、奈央から誕生日のお祝いをお願いされたあの夜からだ。

 その時はまさか今みたいな関係性になってるなんて想像もしてなかったけど、あの時から渡したいと思っていたものは今も変わらない。

 むしろそれに追加され、今の状況だからこそ渡したいものが増えた。



 プレゼントを渡せる機会は、奈央とバッタリ会う時以外ない。誕生日当日が手堅いと思ってはいるけど、実際いつ奈央が現れるか分からないので、私はすべてのプレゼントを入れた紙袋を毎日持ち歩いた。



 バイトに行く時はもちろん、偶然会うことも想定して、スーパーへの買い出しにも、家からすぐの自販機にジュースを買いに行くのにも、片手には必ずその紙袋を持って行った。


 

 なにしろ訪れるチャンスはおそらく一度きりしかない。その時にもしプレゼントを持っていなかったら、「今度渡したいんだけど!」と言っても奈央はもう会ってくれないかもしれない……。

 そう思うと、そのチャンスを逃すのが怖くて仕方なかった。



 今日もまた、奈央の手に渡ることなくアパートへと一緒に帰ってきた小さなプレゼントたちを部屋のベッドの上に並べていく。

 毎日毎日そうやって同じ動作をくり返した。



 並べられたプレゼントを眺めていると、どれも喜んでくれる自信はありながらも、いつも何かが足りないような気がしていた。

 なんと言っても二十歳の誕生日だ。大人になるお祝いをするには、確実に何かが欠けている……。



 それがなんなのかは分からないまま迎えた3月最後の日、店に現れた客人がきっかけで、ようやくその答えは見つかった。












 



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