第74話 置き去りの約束




「ただいまぁ……」



 日をまたぐギリギリ前に家に着き、誰がいるかも分からずにとりあえず玄関から呼びかけると、中から律儀に応答が返ってきた。



「……おかえりーー」


 

 リビングに入るといたのは、ソファーでテレビを見ているしょうだけだった。



「……お母さんたちは?」

「3人で中華や」

「また!?ほんとよく飲むね……しかも母娘おやこで……」



 今になって調子に乗って流し込んだアルコールの応酬が来て、私はL字型のソファーの空いているところに横になってうなだれた。



「……ってゆうか、お前も飲んできてんだろ?人のこと言えないじゃん」

「だって、今日は私の送別会だったんだもん。私が飲まなきゃ始まんないでしょ?」

「送別会って、コンビニのバイトの?」

「そう」

「だからって未成年が飲むなよな」

「しょうだって飲む時は飲むでしょーよ?愛莉ちゃんととか、友達ととか」

「愛莉はもう成人だから飲んでるけど俺は飲まないよ。お酒は二十歳はたちになってから!でしょ」

「……まさか、こんな近くに実在したとは……」 

「なにが?」

「いや、こっちの話。……本当にしょうは真面目だよねぇ……」

「別に普通だろ。周りがどうかしてんだよ」

「どうかしてんのはあんただよ。普通、初対面の人との約束なんて100人いたら100人破るでしょうよ……特に男なんか絶対に!それをこの子は……まぁくそ真面目に……」

「……なんの話してんの?なんかお前、いつのまにかだいぶれたな……。口も悪くなったし、飲んでばっかだし、誰かから悪い影響受けてんだろ?」 

「店長のこと悪く言うな!」

「店長?」

「……知ってんでしょ?うちの店長」

「……は!?知らないよ!なんで俺が知ってんだよ!?お前んとこのコンビニ行ったことないし!」


 

 ばか正直なしょうの精一杯の三文芝居を見て、さっき聞いた話はやっぱり真実なんだということを改めて感じた。

 


「もういーの、いーの、そうゆう白々しいくだりは。店長から全部聞いて、もう知ってるから」

「……えっ……聞いたの?……ほんとに?」

「うん。……私の彼氏と間違われたんだってね?……今さらだけどごめん、なんか大変だったんだよね?尾関先輩……。なんか言われた?」

「言われたもなにもさ、俺の顔見るなりレジのカウンター乗り越えて殴りかかってくるくらいの勢いでブチ切れられてさ!……ほんっと怖かった……。何が起きてんのか意味分かんないし!『お前のせいで奈央がどれだけ泣いてんのか分かってんのか!!』って言われて、奈央のことでなんか勘違いしてるんだ!ってなんとなく気づいたんだけど、説明しようとしても猛獣みたいに聞く耳ないって感じでさ……、あの時店長さんが止めてくんなかったら、俺、マジで殺されてたかも……」

「……そうだったんだ……」

「その尾関さんも来たの?送別会」 

「来てない」

「来なかったんだ?あんなに仲良さそうだったのに」

「……なんでそんなこと分かるの?私といるとこは見てないじゃん」

「だって、じゃなかったらあんなにキレられないでしょ!言っても面識のない人間に対してさ。相当お前のことが大切っていうか……むしろ、この人、奈央のこと好きなんじゃ?って思ったもん」

「なっ、何言ってんの!?変態!!」

「変態って……いや、ちゃかしてるとかじゃなくて大真面目にだよ!俺のこと、『マジ殺す』みたいな目で睨んできたんだけどさ、その感じがなんていうか……友だちとかの想いじゃない感じがしてさ……」

「…………」

「……その反応、図星?もしかしてお前が付き合ってんのって尾関さんなの?」

「は!?そんなわけないでしょ!ていうか、なに?私が付き合ってるとかって!」

「付き合ってる相手は絶対いるだろ。だって最近毎晩部屋で誰かと電話してるし、出かけることもやけに多いし。前まではお前そんなアクティブじゃなかったじゃん」

「……それは……別にそうゆうんじゃなくて……」

「俺にそんなに必死に隠さなくてもいいじゃん。俺は応援するよ!そりゃお前は一人娘だし、色々思うことあるかもしれないけどさ。大丈夫!『倉田』の家名は俺が継いでいくし、お前は好きなように自由に生きたらいいよ!」

「…………あんたね、」



 その時、テーブルに無造作に置いていたスマホのバイブが鳴った。



「お、噂をすれば尾関さんからの電話だろ!いつもこのくらいの時間だもんな!」



 運悪くスマホは私よりもしょうの近くにあって、手渡される時に発信相手を見られてしまった。



「……ん?………あきらさん?……なんだよ、ほんとに尾関さんじゃないじゃん……」

「だから言ってるでしょ」



 しょうは明さんの名前をちょうどよく勘違いしてくれた。私は漢字で登録しておいてよかった……と、内心安堵した。なぜかちょっとガッカリした顔をしたしょうが私にスマホを渡す。



「出ないの?」

「しょうの前で出たくないからかけ直す」



 今出たら完全に女の人の声だと気づかれる。明さんには申し訳ないけど、今は仕方なく見送らせてもらった。



 長めの呼び出しが止まったところで、だるくて重い体をなんとか動かし、バッグと上着を雑にかき集め、しょうを残してリビングを後にした。



「そっかぁ〜……尾関さんショックだろうなぁ〜……」



 背中から聞こえたしょうの言葉に、私は唇を噛み締めながら階段を上っていった。



 部屋に入り不在着信の明さんの名前が目に入った瞬間、チクッと胸が痛んだ気がしたけど、それを否定するように私はすぐに電話をかけ直した。



 トゥルルルルル……



「っもしもし!?なおちゃん!?」



 ワンコールが鳴り終わるより前に、明さんの声はスマホから聞こえてきた。



「さっきは出れなくてごめんね!近くに家族がいたから……」

「そうだったんだ!それなら全然いいの!」

「……明さん、……どうかしたの?」

「別にそうゆうわけじゃないんだけど……何度もメッセージ送ったのに全く返事がなかったから、ちょっと心配になっちゃって……」

「えっ!?あっ……ごめんね!店長の家にいる時、バッグの中にスマホ入れっぱなしだったんだ……!」

「……そっか。……もう帰ってたんだね?」

「うん……ついさっきだけど。……心配させちゃってごめんね……」

「ううん……。送別会、楽しかった?」

「うん!店長とえなさんが色々準備してくれてて、すごい楽しかったよ!ちょっと早めの誕生日プレゼントまでもらっちゃった!」

「そっか!よかったね!何もらったの?」

「名前の入ったグラスなんだけど、ちょっとこじゃれた形してて重くてね、大人っぽい高級そうなグラス!」

「へー!20歳の誕生日にぴっだりじゃん!」

「うん!キープグラスしとくからまたいつでも家に飲みにおいでねって言ってくれて、すごい嬉しかった……。大人になっても仲良くしてくれるんだなぁって、そうゆう気持ちも感じて……」

「うわぁ……粋なプレゼントだなぁ……。ハードル上がっちゃうよ!私なんて、まだ悩んでて全然決められないのに……!」

「明さんはプレゼントなんていいよ!明さんからは会うたびにいつも色々もらってるから!」

「え?別に何もあげてないよ」

「もらってるよ?笑顔とか、楽しい時間とか、あと愛とか?」

「そんなの当たり前でしょ!?年中無休でいつでもあげる!」

「……でも、本当にそれが一番嬉しいから」

「……やっぱり今日はきみかさん来なかったみたいだね?」

「えっ?あっ、うん!来ないよ!そう言ったでしょ?」

「……うん、そう聞いてたけど、なおちゃんから返事来なくて、もしかして……ってちょっと色々心配になっちゃってて……」

「……そうだったんだ……不安にさせてごめんね……」

「ううん!私こそ気にしすぎでごめん……。あ、あのさ!来週の誕生日当日はデート大丈夫なんだよね?」

「うん!土曜日だから休みだし、予定通り大丈夫だよ!」

「午前中スタジオ練習入っちゃっててほんとごめんね?でも、終わったらすぐ車で迎えに行くから!」

「車!?明さん、車持ってるの!?ていうか、運転出来るの!?」

「免許は18で取ったからね。でも車は持ってない。実はお姉ちゃんが最近車買ってさ、使いたい時はいつでも使いなって言ってくれてたから、せっかくだし、なおちゃんの誕生日の日に借りることにしたの」

「そうなんだ!……でも、そんな買ったばかりの新車を私の誕生日なんかにお借りするなんて、お姉さんに恐縮だなぁ……」 

「そんなことないよ!私が大切な彼女の誕生日に使いたいって言ったらすごい喜んでくれてたし、気にしないで!昼からだしそんなに遠くへは行けないけどさ、ちょっとだけ都会離れて、綺麗な景色でも見にドライブしない?」

「うん!ステキだね!」

「13時にはなおちゃんの家の近くまで行けると思うから!……どうしようか?なおちゃん拾うには大通りの方がいいかな……?」

「明さん!まだ一週間も先だし、焦って今決めなくても、またゆっくり相談して決めよーよ!」

「そ、そーだよね!なんか楽しみすぎて早まっちゃった……!」

「……明さん、私のために色々考えてくれてありがとう。私も、デートすごい楽しみにしてるよ」

「……うん。……あ、疲れたよね?ごめんね、飲んで帰ってきた後に長電話しちゃって……。今日はもう切るね。また明日の夜かけるから……」

「……うん、電話くれてありがとう」

「うん。じゃあまた明日ね!おやすみ……」

「……おやすみ」




 電話を切ると、そのままベッドにボスンッと背中から倒れた。



「…………ドライブ……デート……」



 普段使わないその言葉でまた、少し前の記憶が勝手に蘇ってきた。



 尾関先輩に、20歳の誕生日をお祝いしてほしいと葉月でお願いしたあの夜の記憶……。



 先輩が、いいよって約束をしてくれて、私は両手を上げて大喜びしてた。たった二か月ほど前の自分が、幼い子どものように思えた。



 あの日の私は、その後起こることを何も知らずに、その約束が当たり前に守られるものだと信じていた。それどころか、それを心の拠り所にして生きていたくらいだった。



 約束をしてもらっただけで幸せに泣きそうだった過去の自分が、ただただ哀れに思えた。




 その時、ふと気づいた。





 誕生日の約束……したままだ……。



 


 とは言え、今のこの状況の中、あの約束だけ継続中なんて普通に考えればおかしい話だ。



 そもそも最後の別れ際、私から先輩には、もう一切連絡しないでほしいと伝えてるわけだし。



 ……だけど、尾関先輩ってちょっと変なところあるし、一度決めたことは頑なに守る融通の利かなさもあるし、おまけにした約束は必ず守る人でもある……。



 私が連絡するなって言った手前連絡はしてこなくても、した約束をそのままにする人じゃない。

 もしかしたら、どこかで私のことを待ってたりするかもしれない……



 普通の人ならありえないけど、先輩ならやりかねない……そんな考えが浮かんだ。



 ……だけど万が一、もし先輩がそのつもりだったとしても、今の私にはどうすることも出来ない……。



 だって、今の私には明さんがいるんだから……。先輩だってもちろんそれは分かってる。誕生日なんだから、彼女とデートするのが当たり前だ。




 それに、もう先輩のことは振り返らないって、決めたんだから……





 自分に言い聞かせるように、そう結論を出して考えるのをやめてみたけど、心の中のもやもやはいつまでも消えなかった。


























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