倉田 奈央

第73話 3人の送別会




「いらっしゃーい!なおちゃん!」



 インターホンを押すと、玄関で待ち構えててくれてたんじゃないかってくらいので、すぐにえなさんが扉を開けてくれた。



 葉月でもいつも超絶癒しの笑顔で迎えてくれるけど、開いた扉から登場のえなさんもこれまた本当にやばくて、今更ながらそのあまりの美しさに思わず息をのんで胸がドキッとしてしまった。



 店長が家に帰るたびにこれを求める気持ちがすっごくよく分かる。



「お邪魔しまーす!」



 靴を脱ぎながらとっさにアンテナが働き、玄関に尾関先輩の靴がないか探してしまった。



 えなさんが裏切るわけないから自信を持って明さんに言い切ったけど、店長は何をするか分からない人だということをすっかり忘れていた。



 とりあえず見覚えのたる靴は見当たらずほっとして顔を上げると、靴箱の台の上に綺麗なお花が飾られているのが目に入った。



「わぁー!すごい綺麗なお花!」 

「これね、今日たまたまあんなちゃんが知り合いからもらってきたんだけど、今日の会にちょうどぴったりだったよね!」



 えなさんに続いてスリッパをパタパタ言わせ廊下を歩いていくと、リビングに入った瞬間、



「倉田ちゃん、4年間おっつかれさまぁーー!!!」



 ……ッポンッ!!



 店長がクラッカーのようにシャンパンのコルクを上へ飛ばした。



「なおちゃん!本当にお疲れさま!長い間あんなちゃんを支えてくれてありがとう!」



 私の方へ振り返ってそう言ってくれたえなさんの背中越しの壁には『なおちゃんありがとう!!』と書かれた、手作り感満載の横断幕と飾りつけがあった。それだけで私の涙腺はすでに崩壊した。



「……店長……えなさん……私……めちゃくちゃうれしいんですけど…………」

「やだぁー!なおちゃん、泣かないでー!」

「……そうゆうえなさんも泣いてるじゃないですかぁ……」



 涙ぐみながらえなさんと目が合い笑い合うと、えなさんは突然その細い体で私をぎゅーっと抱きしめた。



「えっ……えなさん!?」



 やわらかくていい匂いのする大人の女の人の体の感触に、私は硬直してしまった。



「倉田!」



 店長が厳しい顔で睨んでいる。



「あっ……はい!」

「……今日だけは許す」 

「……あ、ありがとうございます……」



 とりあえずお礼を言った。



「…………にしても、ちょっと長すぎない?……えな?」



 不服そうな店長の呼びかけに、ようやくえなさんは私の体から腕をほどいた。その瞬間もいい香りがして密かに余韻に浸る。



「ごめんね!なんか感極まっちゃって……。この4年間、本当になおちゃんは頑張ったよね……。暑い日も寒い日もバイトに通って、若いのにしっかりした接客でお客さんに常に笑顔で……。納品が多くても文句一つ言わずにテキパキ品出しして、掃除だって手を抜いたりしないできっちりこなして………」

「…………えなさん」

「ていうかさ、えな、倉田ちゃんが働いてるとこ一回も見たことないよね?」

「あはは!そうなの!だから全部私の妄想なんだけどね!」

「えなさん…………」

「ねぇ!早く飲もうよ!シャンパンぬるくなっちゃう!」 

「そうだよね!なおちゃん、座って!座って!」

「はい!」



 キッチンを背に左にえなさん、右に店長、そして私はテーブルを挟んで、店長の向かい。いつもの定位置で3人揃って席に着いた。



「じゃあ改めまして倉田ちゃん!4年間、本当にお疲れさま!そして、ありがとう!カンパーイ!!」



 店長が乾杯の音頭を取って、宴が始まる。



「ありがとうございます!!こちらのそ本当にお世話になりました!!」



 私も改めて、きちんと頭を下げて店長にお礼を言った。



「そんなこと言えるようになったかぁ……入ってきた時はまだまともに言葉も話せなかったのに……」

「あんなちゃん、それじゃあまるでなおちゃんがターザンみたいじゃないっ!」

「えなさん……」

「ターザンっていうか、イメージ的にはヨウムかな?」

「もはや人でもないんですか?私。……てゆうかヨウム?オウムじゃなくてヨウム?」

「うん、そうだよ!」

「そんないい顔で、『そうだよ!』じゃないんですよ」



 テーブルの上には、まずはシャンパンで乾杯…に合わせたような前菜が美しく鮮やかに並べられていた。



 絶対に高そうな生ハム、何種類かの種つきオリーブ、そしてゴルゴンゾーラ、ミモレット、パルミジャーノのチーズの盛り合わせ……好きなものばかりで目移りしてしまう。



「さー!なおちゃん、今日はいっぱい飲んでいっぱい食べてね!後から色々用意した料理出すからね!」

「わーい!!さすがえなさん!!」

「ふふ、今日は特に気合いいれたからね!」

「ちょっと、ちょっと倉田ちゃん!なんで全部えなが作ったって決めつけんの?」

「店長も何か作ってくれたんですか?」

「作ってないけど、私だって生ハムをはがしたりしたよ!そりゃあもうはがしたよ!」

「あ、ありがとうございます……」

「手伝ってくれてありがとうね!あんなちゃん!」

「えなぁー!」



 店長は目の前でえなさんに抱きつき、キスをした。



「ちょっとっ!!パーティーの冒頭から主役の前で何してんですかっ!?」



 二人のイチャつきは今まで散々見てきたけど、ちょっと日が空いてたから少し免疫が下がっていて、目の当たりにした残像に心臓のバクバクが止まらない……



「あっ!倉田がすごいいやらしい目で私たちを見てる!!」

「なっ!?」

「もうエロ倉発動かよ!まだシャンパン一杯目で早くない?」

「最近見慣れてないから衝撃強いんですよ!」

「ウケるー!!そっこーほっぺ赤っ!!」



 店長のうざいいじりすら今日はなんだか嬉しくて、つられるように私も笑ってしまった。



「なんか久しぶりになおちゃんが笑ってるんだけど……」



 ふいにえなさんが泣きそうになりながら言った。



「そんな!えなさん!私、葉月でもいっぱい笑ってるじゃないですか!」

「ううん……葉月で私と笑ってる時のなおちゃんは全然そんなんじゃないもん……。やっぱりあんなちゃんの力ってすごいなぁ……なんか嫉妬……」

「ちょっとえな!嫉妬する対象間違ってる!」 

「……でもね、結局そんな人間力のあるあんなちゃんにまた、好きーってなっちゃうよ?」

「もぉ〜!えなぁ〜!……」

「ちょい!ちょい!ちょい!えなさんまで!!どうしたってとにかく今日はイチャつきたいんですか?二人は」

「まあね。気分いいからね」

「悪びれもしないでまぁ堂々と……」

「やばい、なんか楽しすぎる!!」

「ほんとだねー?もっかいカンパ〜イ!!」


 

 珍しくえなさんまでもが初めからハイテンションで、私たちは勢いよく1本のシャンパンをものの10分ほどで飲んでしまった。すると、すかさずえなさんが、



「ハイっ!2本目だよ〜!」



 と冷蔵庫から新しいシャンパンを出してグラスに注いでくれた。



「なんかすみません……こんな豪勢に……」

「なに言ってんの?!シャンパンは1人1本は当たり前でしょ!」

「その後は好きなの飲んでね?葉月並みに揃えてあるから何でも言って!」

「ありがとうございます!」

「そう言えば倉田ちゃん、ぼちぼち実務研修始まるんだよね?」

「はい、そうなんです」

「緊張する?」

「まぁ……多少は。研修って言っても名ばかりで、ほとんど普通に配属先で仕事するようなものなので、責任は感じます……動物相手だし……」

「配属先はどうゆうとこで何するの?」

「うちの学校って、大元おおもとは動物園とか病院とかの経営しつつ、ペットフードとか、あらゆる動物の生活用品の開発もしてたり、とにかく動物関係のことは何でもやってる会社なんです。で、生徒は卒業後その色んな分野に進むことが出来るんですけど、その中で私が希望したのは、ケアセンターって言って、色んな事情で保護されてきた動物たちのお世話をする施設なんです」 

「なんかテレビで見たことあるかも。心を閉ざしちゃった動物たちの心理カウンセラーみたいな人もいるよね?」

「はい!まさに私が目指してるのがそれなんです!でもあそこまでいくには何年も何年も動物と向き合って、沢山の知識を身に着けて……っていう険しい道なんですけど……。最終的にはそこを目指しつつ、まずはその施設で、プロのケアラーの人のアシスタントっていうか……ほぼ雑用係って感じです。裏で動物の食事作ったり、ケージの掃除したり、なんなら動物に触れ合うことも初めはほとんどないんです」 

「そうなんだ……何でも初めは下積みなんだなぁー……」

「でもすごいよね!なおちゃん、ずっと夢見てた道の上にようやく立つんだもん!」

「……なんとか頑張っていつかはちゃんとプロのアニマルカウンセラーになれるといいです……。子どもの頃からの夢だから……」

「へー、そんな夢があるの全然知らなかったよ。倉田ちゃん、私には何にも教えてくれないんだもん」

「別に教えないとかじゃないですよ、店長と話してると全く真面目な話にならないじゃないですか。エロ倉とか、ベスとか…………あ……」

「……ベスね〜……懐かしい響きだね……」

「……今のは……ちょっと間違えました……」

「……ベスに会いたい?」

「えっ!?会いたくないですよ……」

「そのわりにはさ、さっきからチラチラチラチラ色んなとこ見回してるよね、家の中。ベス呼んでると思った?」



 店長のこうゆう鋭いところに、悔しいけど敵わない。実際私は玄関に尾関先輩の靴がないと確認した後も、もしかして家のどこかに隠れてるんじゃないかと疑って、ずっと気にしてしまっていた。



「……それは、えなさんはそんなこと絶対しないけど、店長ならやりかねないかと思ったから……」

「分かってんじゃん」

「え……?」



 店長はいきなり立ち上がり、私の後ろにある部屋の前まで行くと、閉ざされていたふすま勢いよく開けた。



「ハイっ!どうぞー!!」




 ザンッ…… 




 その音に反応して肩をすくめながら恐る恐る振り返る。開いたふすまの奥は真っ暗な電気のついていない部屋で、一秒ごとに目が慣れてゆくと、家具の輪郭やカーテンのシルエットが滲み出るように浮かび上がってきた。



 そのどこから人影が現れるのか、私は黙ってじっと見ていた。すると……



「ひっかかったな!倉田!」 

「……え?」

「いないよ。尾関は来てない」

「……そ、そうですか……」

「もぉー、あんなちゃんタチ悪いよ?」

「ごめん、ごめん!倉田ちゃん、がっかりした?」



 いなくてほっとした気持ちの中に、いないと言い切られたことへのなんとも言えない寂しさもあることを感じた。



 店長にごまかしはきかない。そう思って私は素直に話した。



「……多分、少しがっかりしてるんだと思います……。だって、嫌いで離れたわけじゃないから……。でも、正直本当にいなくて良かったって思ってます。私はもう振り返らないって決めたので……」

「……そっか……。悪ふざけしてごめん……」

「珍しく素直ですね?別にいいですよ、店長の悪ふざけはあって当たり前のものだと思ってますから。人をからかってないと息できないですもんねー」

「まーね、でも本当はね、悪ふざけじゃなくて本気で呼んじゃおうかって思ったんだけどね。……でも、えなに止められた」

「そりゃそうだよ!なおちゃんが会いたくないって言ってるのに勝手なことしちゃだめでしょ?」

「私だって倉田ちゃんのことをむやみに傷つけたくないよ?でも私には倉田ちゃんと同じくらい尾関も大事だからさ。あいつのこと考えると、会わせてやりたいなって一瞬思っちゃったんだけど、でも実際もし誘ってたとしても、あいつ結局は来なかったと思うな」

「え……」

「もし行ったら、倉田ちゃんに今よりもっと嫌われるって思うだろうから。これ以上倉田ちゃんに離れていかれるの怖いんだよ、あいつ。だからアホみたいに、連絡するなって言われて忠実にそれ守ってるし」

「…………」

「でもほんとはね、めちゃくちゃ倉田ちゃんに会いたがってるよ」

「……そう思ってもらっても、もう関係ないですよ……私には明さんがいるんだから……」

「明ちゃんと上手くいってるんだ?」

「なおちゃん、明ちゃんとほぼ毎日会ってるんだもんね?」

「……はい。上手くいってますよ。明さんはいつでも私にすごく優しいし、常に笑顔でいてくれて楽しませてくれるし、ライブなんかもうほんとにすっごいかっこいいんですよ!どんな時も私だけを見てくれて、不安にならないようにしてくれるし、明さんといると本当に幸せを感じます」

「……そっか」

「……尾関先輩は、私に会いたいって言ってたって明さんとは違います。今さらそんなこと言ったって、私が誘った時は全部断ってたくせに。なのに香坂さんとは……。……明さんは絶対にそんなことしないですから」

「でもあの頃尾関が倉田ちゃんの誘いを断り続けてたのは、キーホルダーを見つけから告白するって頑なに決意してたからで、……それまでは幸せに甘えちゃいけないって、倉田ちゃんを傷つけた戒めを自分に課してたからだから……。本当の本心は倉田ちゃんが何度も誘ってくれてめちゃくちゃ嬉しかっただろうし、毎日でも一緒にいたかったと思うよ?」

「……ちょっと待って下さい、どうしてあの頃の先輩が、私が土手でなくしたのがネックレスじゃなくてキーホルダーだってこと知ってるんですか?!」

「え?だって、彼氏のことは嘘だったって話した時、知ってたって尾関から聞いたんじゃないの?その流れでキーホルダーのことも話してるかなって普通に思ったんだけど……え?」

「えっ!?どうゆうことですか!?ちょっと訳わかんないんですけど、尾関先輩、彼氏の話は嘘だってことも知ってたんですか!?」

「マジで!?何にも聞いてないの?……あいつなんで言わないんだよ!トリッキーすぎんじゃん……」

「……尾関ちゃんのことだから、自分が知ってたって言ったらなおちゃんが色々気にしちゃうと思ったんじゃないかな?……知ってたけど許してたことも自分から言うのは恩着せがましいって思ったのかもしれないね」

「………いつから……ですか?……どうして知ったんですか……?」

「去年のクリスマス前頃かな……ほら、倉田ちゃんが風邪引いてバイト休んだ日あったじゃん?」

「はい……」

「その日にさ、しょうくんがたまたま彼女連れて店に来ちゃったんだよ。で、尾関が速攻しょうくんに気づいてさ、しょうくんが浮気してるって思い込んで、そこでちょっとひとモメしてね……で、もうどうにも収拾つかなくて、悪いけど私がバラした……。その後、今度は尾関から倉田ちゃんには黙っててほしいって言われて……。倉田ちゃんには今日謝るつもりだったんだ。黙っててごめんね」

「……私も、なおちゃんに黙ってるのは心苦しかったんだけど、私が勝手に動くことじゃないって思って……ごめんね、なおちゃん……」

「……お二人は何も悪くないですから、謝らないで下さい……。むしろ私のことで色々悩ませちゃって……迷惑かけてごめんなさい……」

「全然そんなことないよ!」



 えなさんが心配するように言ってくれた。



「……あの、尾関先輩、彼氏の話は嘘だったって知った時、なんか言ってましたか……?」

「……奈央を苦しませ続けてたのは自分だったんだ……って言ってたよ。だから、自分がなんとしてもキーホルダーを見つけて、今度は奈央を笑顔にしたいって……。で、その日から毎日あいつ土手通ってさ。しまいにゃ金属探知機まで買って探しまくってた。その頃私が夜勤頼んじゃってたからけっこう過酷でさ……とりあえずキーホルダーは後にして先に告白しろよって勧めたんだけど、絶対見つけるまでダメだって聞かなくて。……で、そのまま見つけられないまま、あの事件が起こっちゃって……ていう……」

「…………」

「……なおちゃん?……大丈夫?」



 えなさんの声が耳には届いているのに、なんの反応も出来なかった。



「ついでに言うと、香坂ちゃんとあんなことになったのは、『自分の好きな人は香坂ちゃんじゃない』ってはっきり伝えたのがきっかけみたい。それ聞いてショック受けた香坂ちゃんが尾関に迫っちゃって……」

「…………」

「倉田ちゃんが店辞めた後、ちょっと色々あってね、香坂ちゃんもようやくしっかり目が覚めて、今は前までの感じに戻ったよ。……だから、もう一度だけでも尾関とちゃんと話してみたら……?」

「……でも、もう私には明さんがいますから。……尾関先輩と今さら話したって何も……」

「でも、倉田ちゃんが本当に好きなのは今でも尾関なんじゃないの?」



 そう言われて私は否定が出来なかった。心がぐらつきそうになったその時、いまだにはっきりと思い出せる、香坂さんとキスをする尾関先輩の横顔が突然頭の中に映し出された。その瞬間、ガラスの破片が体中に突き刺さるような痛みを感じた。



「……だとしても、やっぱり無理です……。先輩がそこまでしてくれてたんだって知って本当に嬉しいけど……でもやっぱり……側にはいられない……。先輩は私のこと好きだって言ってくれても、優先順位の一番はいつも私なわけじゃない……。事情があって私の誘いを断ってたなら、香坂さんの誘いも断ってほしかった……。よっぽど『香坂さんのことが好きだからほっとけなかった』って言われた方が理解出来るけど、好きなのは私だけど他の人をほっとけないなんて……私には何よりも辛いです……。先輩の側にいて、もしまた同じようなことがあったら、また私じゃない誰かを優先されたら……もう私は耐えられない……。痛くて苦しいことばっかりだったあの頃には、もう二度と戻りたくないんです。……だから私は、私のことだけを見てくれる明さんといたい……」

「……私は、倉田ちゃんが尾関のことで苦しんできたの何年もずっとすぐ近くで見てきたし、もういい加減逃げたいって気持ちは本当によく分かるよ。でも、逃げることの方がもっと苦しいってこともあるから……。私には、倉田ちゃんの言葉って全部、『尾関が好きで好きでたまらない』って聞こえる。『明さんといたい』って言葉すらね。本当はもう一回尾関のことを信じたい自分がいるのに、それを無理矢理押し込めてるみたい。だとしたら、後でもっと苦しむことになるかもしれないよ?」

「……だけど……もう本当に遅いです……私には、明さんを裏切ることは出来ない……。あんなに私のことを想ってくれる明さんを……絶対に傷つけたくない……」

「この先、倉田ちゃんの中から完全に尾関が消えなかったら、どんなに心を騙そうとしても体が動くよ。いつか勝手に体が動いて止められなくなる。その時が来たら、今よりもっと明ちゃんを傷つけることになる」

「……もうやめて!あんなちゃん、もうそのくらいにして。なおちゃんのこと、これ以上追い込まないであげて?今日は楽しい会なんだよ?」

「……そうだよね、ごめん……」

「もー、せっかくのパーティーなのに2人ともそんな顔しないの!そうだ!じゃあここでアレ出しちゃおうよ!ね?いいでしょ?あんなちゃん!」

「あ、あぁ……うん!そうだね!」

「なおちゃん、ちょっと待っててね!」



 えなさんは、さっき店長が開けた私の後ろのふすまを開けて暗がりへと入っていき、すぐに可愛らしくラッピングされた縦長の箱を手に持って戻ってきた。そのままニコニコしながら席に着くと、姿勢を正して賞状の授与のようにその箱を私に差し出した。



「なおちゃん!ちょっと早いけど、20歳のお誕生日、おめでとー!!これはあんなちゃんと私からのお誕生日プレゼント!」

「えー!!?うれしー!!覚えててくれたんですか!?」

「もちろん!当たり前でしょ?記念すべき大事な日だもん!」



 私は生まれたての赤ちゃんを受け取るようにそっと箱を受け取った。



「大したもんじゃないけどさ、実用性重視でえなと選んだんだ。開けてみ?」

「わぁー!!嬉しすぎます!!なんだろ〜?ちょっと重いですね……?」



 早る気持ちと、包装紙まで大切に取っておきたい気持ちで、たどたどしくもなんとか箱を開け、中身を取り出した。



 それは、ローマ字で私の名前が刻まれた、美しいフォルムの透明なグラスだった。




「すごーい!!きれーい!!しかも名前まで入ってる!!」

「イカすでしょ?」

「はいっ!!すっごくイカしてます!!本当に嬉しいっ!!ありがとうございます!!」

「実は見て!私たちとお揃いなんだよ!」



 えなさんは立ち上がって棚にしまっていたグラスを2つ、刻まれた2人の名前をちゃんとこちら側に向けて見せてくれた。



「ほんとだー!!お二人とお揃いなんてさらに光栄で最高です!!」

「20歳の誕生日にちょーぴったりじゃない?」

「はい!もぉーほんとに嬉しすぎますよぉ……」

「でもこれは持って帰らないでね?」



 戻って席に着いたえなさんが言った。



「……え?」

「これは、なおちゃんがうちに来た時の専用グラスだから。これからもいつでも遊びにおいでね!」

「……さっきは尾関のことでごちゃごちゃ言ってごめん……。でも、この先尾関と倉田ちゃんがどうなろうと、いつだって私たちは倉田ちゃんのこと大切に想ってるからね。それは忘れないで」

「……えなさん……店長……」

「おっ!やったー!!やった!やった!泣いた!泣いた!」

「……て、店長……感動して泣いてる人をよくそんなにからかえますよね……」

「ほんとだよ、あんなちゃん!……それはそうと、なおちゃん、これからもずっと仲良くしてね!」

「えなさん!私も!ずっと仲良くして下さい!大好きですっ!」

「おい!倉田!何をしれっと人の女に告っとんじゃ!!」

「店長もですよ?店長も大好きです!」

「……素直かよっ!」

「あっ!あんなちゃん照れてるー!」

「は?照れてないし!」

「あっ!ほんとだ!!店長、耳赤くなってますよ?!」

「……これは……違くて……さっきちょっと耳茹でたから……」

「……耳茹でたって……ごまかし方がいちいち恐怖なんですよ……」

「ほんとあんなちゃんは素直じゃないんだから」

「でもついに見つけましたよ!店長の弱点!『大好き』に弱いんですね?」

「うぜー」

「ほらまた悪ぶっちゃって!そうゆう天邪鬼なところも大好きですよ!て、ん、ちょ!」

「……しっつこ……このグラス割ってやろうかな……」

「あっ!冗談でも言っちゃいけないことを!!」

「ホラホラ!見てみ?倉田!」



 店長はグラスのふちを親指と人差し指で頼りなくつまんで宙に持ち上げ、ぶらぶらと揺らしてみせた。



「ちょっと!!ほんとに割れちゃうじゃないですかっ!!」

「なおちゃん!ダメだよ!結局あんなちゃんのペースになってるよ!これはなおちゃんを乱れさす罠なんだから!そうゆう手口なんだから!」

「はっ!そうゆうことか!」

「私を乱そうなんて103年早いんだよ!ようやすオムツが取れたばかりのガキんちょのくせに!」

「……なっ……すごいムカつくんですけど!!……っていうか、その切りの悪い3年てなんだし!無駄に気になるわ!」

「なおちゃん!それも手口だよ!意味なんかないことで余計なストレス与えるっていうあんなちゃんの常套手段じょうとうしゅだん!まんまと術中にはまっちゃってるよ!」

「あー!!もぉー!!」



 あの店でバイトをしなければ尾関先輩に出会うこともなく、辛い思いをすることもなかったのにと、泣きながら後悔した夜もあった。





 だけど今ははっきりと言える。

 あの店でバイトをしてよかった。

 この二人に出会えて本当によかった。














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コンビニラバー 榊 ダダ @sakaki-s

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