倉田 奈央

第71話 少しの時間でも




 ついに、学校が始まる最後の金曜日。この日はお互いに予定があって、会うのは難しいねという話を前々からしていたけど、前日になって「やっぱりお昼だけでも一緒に食べたい!」と明さんから連絡が来て、移動が出来ない状況の明さんの元へ、私が出向くことにした。



「あっ!なおちゃーん!こっちこっちー!」

「……ニイナさん!?」



 教えられたスタジオの建物を見つけると、その入口前にニイナさんが立っていた。



「メイ、あと15分くらいで出てくるから!私は先に終わったからさ、休憩がてらなおちゃんが来るの待ってたんだー。早かったね!」

「えー、待っててくれたんですか?ありがとうございます!思ったより駅から近かったみたいで、ちょっと早く着きすぎちゃいました!」



 そう言いながら、ニイナさんの後ろにある白い建物をまじまじと見た。



「……スタジオって初めて来ましたけど、こんなに大きいんですねぇ〜……」

「ここは一棟丸々で、特別大きいとこなんだよね!1〜3階が普通にスタジオで、4、5階は音楽教室やってて、6階はちょっとした食堂みたいな休憩スペースと会議室があって、最上階の7階は事務所!あと、地下には50人は余裕で入れるライブスペースもあるよ」



 ニイナさんはそびえ立つビルを見上げ、各階の窓を指差しながら教えてくれた。


 

「へー!すごいなぁ……音楽三昧のビルなんだ……」

「ねー」



 改めて感心するようにまだスタジオの建物を見上げているニイナさんの今日の出で立ちを横目で見る。



 一見エスニックなアジアンテイストかと思いきや、どこか欧米な雰囲気もある女性らしい服。時代に左右されない、というよりいつの時代にもオシャレだと誰もが感じてしまうようなスタイル。



 今日もオシャレだなぁ……と率直に心の声が出る。



 もしかしたら、私が人生で出会った人の中で、一番のセンスの持ち主なんじゃないかとさえ思うほど。



 センスと一緒に生まれてきたような人で、服や持ち物、身の回りの全ての物がオシャレだった。自分ではハードルが高くて絶対に選べないような個性的なアイテム同士を見事に合わせていて、いつ見てもとにかく素敵だった。



「ニイナさんて、ほんとオシャレですよね……」



 惚れ惚れしすぎてついに口から出た。



「えっ、なに!?いきなり!うれしいけど、ただ単純に自分が好きな服来てるだけだよ」

「それが本当にステキです!すごくニイナさんらしくて。でも、ライブの時は普段より少し抑え気味な感じしますね?」

「なおちゃん鋭いね!ほんとはこうゆう、ガチャガチャした服が好きなんだけど、バンドって一人のちょっとした印象がそのままバンドのイメージに繋がっちゃうでしょ?だからあんまり自分の個性は出さないようにしてるの。なるべく今時の、年相応で無難な服を着るようにしてる。私はボーカルだけど、うちのメインはやっぱりメイだから。バランスが悪くならないようにね!」

「服のことまで……バンドって色々大変なんですね……。でも、ライブの時ももちろんすごくオシャレだけど、私は素のニイナさんの方がもっと好きです!よりニイナさんっぽくて!」

「ほんと?そう言ってくれるとすごくうれしい!私もなおちゃんのスタイル好きだよ!自分に似合ってるものよく分かってるなって感じする。素直に女の子らしくて可愛い服着るよね!私には似合わないジャンルだからちょっと憧れるなぁー」

「そんな恥ずかしいです!私なんてマネキンの着てるまま買って着てるだけですから!自分で考えるセンスなくて……それに比べて、ニイナさんなんて名前までオシャレですもんね!……そう言えば、『ニイナ』ってどんな字書くんですか?」

「え!?……字は……カ、タカナ……かな……?」

「カタカナかぁ〜!森本レオみたいな感じですね?オッシャレー!」

「……森本レオってオシャレなんだ?……てゆうか、なおちゃん歳の割に例えが渋いねよね?……あとさ、その……『ニイナ』はバンドでの名前で、実は本名じゃないんだよね……」

「そうなんですか?明さんがそのままだから私てっきり……。じゃあ、もしかしてバンドのメンバーさんもみんな……?」

「ううん、みんなは本名だよ。違うのは私だけ」

「へー!ニイナさん、本名はなんて言うんですか?……あ、内緒だったら全然いいんですけど!」

「いや……内緒ってわけではないんだけどね……」

「?」

「本名は…………のぶえ」

「……のぶえ?」

「……そう、伸びる枝って書いて、伸枝のぶえ



 ちょっと待って……

 ニイナじゃなくて……伸枝?



「…………す、素敵ですね!」

「いやいや!今の!なおちゃん絶対今心の中で『ダサっ!』って思ったでしょ?!」

「お、思ってないですよ!!伸びる枝って本当に素敵じゃないですかっ!なんかこう……ぐんぐん上へっていう、ご両親の思いを強く感じる名前ですよね……」

「笑いこらえてるよね?伸枝のくせにニイナって!って思ったよね?」

「まさか!人様の本名聞いて笑うなんてそんな失礼なこと……っ……」



 本当にそうだ、人の名前を聞いといて、笑うなんて失礼極まれリすぎる!絶対笑うなんてだめ!



「……そんなこと言って、吹き出さないように必死だよね?すごい苦しそうだけど」

「……苦しそうじゃ……ないです……」



 もう話題を変えてほしい……

 このままだと人の道をそれそうになる……



「ちなみになんだけどさ、私、名字は『ふなべ』って言うの。に部分ので『舟部ふなべ』。私、ステージの上で『ボーカルのニイナでーす!』なんて言ってるけど本当は『船部ふなべ 伸枝のぶえ』なんだよ、なおちゃん……」

「………フっ……フフ……」

「ほら!もう限界来てんじゃん!完全に笑ってるよね?」



 フルネームやめてっ!!

 ……いや、違うでしょ!本当に素敵な名前だよ!なんで笑うことがあるんだ、私!私は自分を奮い立たせた。



「が、我慢てなんですか!舟の部分に伸びてる枝って……素敵じゃないですかっ!……情緒があって……いっそニイナじゃなくて伸枝のままでもいいくらいですよ!」

「でもさ、そうなるとだよ?メンバー紹介するとメイ、ケンゴ、紗也、テツヤ………伸枝になるよ?」

「……あー!!もうダメだ……っ!」

「ちょっと!今、もうダメだって言ったよね!?」

「言ってないです」

「え?すごい嘘つくじゃん!もう完全に顔が笑っちゃってんじゃん!」

「だってー!!そのメンバー紹介は卑怯ですよ!最後の人、完全にメンバーの誰かの保護者でしたよね……?」

「……開き直った途端に言ってくれんじゃん」

「ごめんなさい!でもほんとニイナさんてすごくオシャレで、まさに『ニイナ』って感じなのに正体は伸枝って……反則ですよ!ギャップすごすぎ!」

「素直か!てゆーか、なおちゃん可愛いすぎ!終始バカにされてんのになんか可愛いくてムカつく!私でもちょっと萌えたわ!そりゃメイがぞっこんになるわけだよねー」

「え?今のどこが?ニイナさん、どうかしてますよ?」

「そーゆうとこ!」

「え?」

「さーてと、そろそろ私のお弁当取ってこなきゃ!」



 よく分からないまま、ニイナさんは伸びをしながら話を変えた。



「お弁当?」

「うん、うちの店のね!ここからすぐ近くなんだ。ここのスタジオの時はいつもメンバー全員お昼はうちのお弁当なの」

「そうなんだ!いーなぁー!私も今度食べてみたいです!ニイナさんの作ったお弁当!」

「伸枝さんのじゃなくて?」

「……もぉーやめて下さいよ!でも、お弁当に関しちゃ、ニイナさんより伸枝さんの作るお弁当の方が美味しそうな気しますね」

「だよね?じゃあ今度、伸枝が作ってあげるよ!何弁が好き?」

「やっぱりからあげ弁当かな!」

「じゃあ特別にからあげ増量で作っちゃおう!」

「やったー!」

「じゃあほんとにぼちぼち行くね!なおちゃんそこの自動ドア入ってさ、すぐのところ長いイスあるからそこに座って待ってるといいよ、メイもうすぐ出てくると思うから」

「はい!ありがとうございます!」

「あ、ちなみになんだけどさ……」 「はい?」

「うちの弁当屋の店名……」 

「はい」

「ふな弁当…って言うんだよね」

「ふな弁当?ふなべ弁当じゃなくて……?」

「そう、ふな弁当」

「……ヤバっ……」

「あっ!またヤバって言ったでしょ!?」

「だって!それじゃあまるでふな弁当屋さんじゃないですか!大丈夫ですか?お客さんにちゃんと伝わってます?まさか唐揚げ弁当って、ふなの唐揚げじゃないですよね?」

「……なおちゃん、とりあえず今から一緒に行ってうちの両親に謝ろうか?」



 ダラダラとふざけ合いながら、本当に時間ギリギリになってようやくニイナさんは手を振りながら去っていった。



 私はニイナさんの姿が見えなくなってから、言われた通り緊張しながら自動ドアを抜けて中へ入った。すると、すぐ目の前に受付カウンターがあり、その中の女の人と目が合ってしまった。人待ちですとか、何か言った方がいいのかな……?と、テンパっていると



「……奈央さん?」



 声をかけられた右側を向くと、長いイスの端に、開いた本を手に持った紗也さんがいた。



「紗也さんっ!」


「待ち合わせです」



 紗也さんは私の代わりに受付の人にそう伝えてくれた。頼りになる存在を見つけ、勝手に紗也さんの隣に座る。


 

「ありがとうございました……。どうしたらいいか分からなくて、助かりました!」

「いえ。これからメイとお昼に行くんですよね?」

「はい……ちょっと早くきすぎちゃって……」 

「もう出てくると思いますよ」

「……あの、紗也さんは?」

「曲終わりのところを合わせるのが少し手間取ってるみたいで3人で詰めてるんですけど、私はそこのパートは関係ないので先に出てきました」

「そ、そうなんですね!」



 ……どうしよう……。せっかく拠り所を見つけたと思ったけど、次の話題が見つからない……。ほとんど話したことのない紗也さんと2人きりは正直気まずい……。



 すると、紗也さんは開いていた本を閉じてバッグにしまった。それを見てきっと紗也さんも私と同じく気まずさを感じてるはずなのに、私に気を遣って会話する意志があることを行動で示してくれたんだと思った。



 これ以上紗也さんに気を遣わせちゃいけない!私はこれを機に、気になっていたことを聞いてみることにした。



「あの……紗也さんて、お嬢様なんですか?」

「……はい?」

「なんかその……立ち振る舞いとか、所作とかに気品があって、お洋服もそんな雰囲気あるし、お家柄が良さそうだなってずっと思ってて……」

「…………この服は自分で作りました。家の近くの商店街にあるリサイクルショップで一着数百円で買ってきたものを材料にしていつも作っているので、合計でも千円ほどかと思います」

「そうなんですか!?すごいです!自分で作るなんて!お裁縫好きなんですか?」

「……嫌いではないですけど、元々はステージ衣装になるような服がなくて始めたのがきっかけです。今では私服もほとんど自分で作ってます。好き嫌いというよりは経済的な理由が大きいです」

「……なるほど……」

「家も……平均的な家庭よりも貧しい方かと思います。私の歳にしては年齢のいった父は小さな町工場まちこうば勤務ですし、母は私が学生の頃、週5日のスーパーのパートを週6日に増やして、なんとか私のピアノにかかるお金を工面してくれていました。なので、全くお嬢様ではないです」

「……そうですか……。あっ、うちもそんな裕福ではないんですけど……。シングルマザーですし……」

「メイと同じなんですね」

「……はい」

「……メイとはいつ知り合ったんですか?」

「去年のクリスマスです。あの、紗也さんもご存知ですよね……?尾関きみかって人……」

「はい」

「その尾関……さん、私の以前のバイト先の先輩で……たまたまその尾関さんと明さんがいるところに偶然居合わせて……それがきっかけなんですけど……」 

「なるほど」



 その時、



「あっ!!なおちゃーん!!」



 左側に続く廊下の奥の方から、大声で私を呼ぶ明さんの声が聞こえた。 



「明さん!」



 一番安心する姿が目に入り、思わず立ち上がり手を振った。



「……終わったみたいですね」



 背中から聞こえた小さな声にもう一度振り返る。

 


「紗也さん、お話付き合って下さってありがとうございました!」

「こちらこそ」



 紗也さんはスッと立ち上がり、明さんのいる廊下の奥へと歩いていった。途中向かってくる明さんと鉢合わすと、2人はいったん立ち止まって一言、二言会話をしていた。話終わりに明さんが笑って紗也さんの頭を褒めるようにポンポンと軽く叩くと、また2人は別の方向へと歩き出した。



「ごめんね!待ったでしょ?」

「大丈夫だよ!てゆうか、私が早く着きすぎちゃっただけだから」



 明さんと話しながらふと視線を感じて廊下の奥を見ると、スタジオに入るドアのレバーを握りながら、こちらを見ている紗也さんと目が合った。私が会釈すると、紗也さんも同じように返してさっと中へと入っていった。



 一時間しかないデートの時間を無駄にしないよう、私たちはスタジオから通りを渡って2分のところにある、一番近い洋食屋さんに入った。



「今日無理言って本当にごめんね!しかもこんなとこまで来させちゃって……。ついになおちゃんの休みが終わっちゃうって思ったら、少しでも顔みたいって思っちゃって……」

「ううん!私も少しでも明さんとこうやって過ごせて嬉しいから」

「……そう言えばさ、さっき紗也と何話してたの?」

「あー、えっとね、紗也さんてお嬢様なんですか?って聞いてた」

「なにそれ!なおちゃんらしいね!紗也、ちゃんと話してた?」

「うん!意外にも色々細かく教えてくれたよ。お家のこととか色々」

「珍し!紗也めったに自分のこと話さないし、メンバー以外で2人で話してるとこすらなかなか見ないのに……」

「そうなの?」

「うん。だから紗也といると大体私ばっかり一方的にしゃべってる」

「紗也さんてどうやってバンドに入ったの?」

「普通にキーボードの募集出してたらそれに応募してきて、他にも何人かいる候補の中から私が選んで入れたの。バンド経験はその中で唯一なかったけど、ピアノ自体はすごい技術高いし、何よりなんとも言えない雰囲気があったから」

「確かに。紗也さんて物静かなのに存在感が強いっていうか……」 

「……てゆうかさ……」



 突然、明さんは何かを閃いたように顔つきが変わった。



「なに?」

「……紗也、なおちゃんのこと気になってるとかだったりして……」

「なに、いきなり!そんなことあるわけないよ!全っ然そんな感じじゃないから!」

「だって、なおちゃんかわいいから……」

「明さんは私のこと持ち上げすぎだし、心配しすぎだって!……そもそも、紗也さんて恋愛対象女の人なの?」

「そうゆう話はしたことないから分かんないけど。てゆうか、人間自体に興味なさそうだけど……」

「ならなおさら絶対ないって!」 

「でも!なおちゃんは誰だって惹きつけちゃうかわいさだもん!その気がない子だってその気になるし、もし私がカエルだったとしてもなおちゃんに惚れちゃうと思う!」

「もぉー!」



 明さんが言うことにバカだなぁーと思いながらも、私は幸せを感じていた。同じように幸せそうに笑う明さんと小さなテーブル越しに見つめ合う。



「……送別会、何時からだっけ?」

「18時だよ」

「……店長さんちでやるんだよね?」

「うん」

「……楽しみ?」

「うん!あの2人と話すの好きなんだ。2人のこと見てるだけでもすごく幸せな気持ちになって癒されるし!」

「ほんと、そんな感じだよね」

「……明さん、心配してるんでしょ?」

「……え?」

「大丈夫、今日は本当に3人だけだから。……尾関先輩が来ることは絶対にないから」

「あー……うん、そうだよね」

「心配しないで?私はどこにいたって明さんの彼女なんだから……」

「ちょっとまな待って!なにそれ!!すっごい嬉しいこと言う!!」

「だって、本当にそうなんだから。だから、安心しててね」

「……分かった。……なおちゃん?」

「ん?」

「大好き!」



 まだ同じように「大好き!」とは返せない代わりに、テーブルの上に乗った明さんの左手に右手を重ねた。















 




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